「とりあえず、
“生きていくための体力”をつけなければ...」
と、一年発起をしたのは、今から3年前
いや、ずっと思ってはいたのだ
乳がんの手術をし、
5年間の治療とその副作用で
がっつりと落ちてしまった体力
「このままでは自然災害に見舞われても、
生きる基礎体力さえない」
「とりあえず、
他人の体力の半分はなければ...」
と...
そんな私に、“やる気スイッチ”を入れてくれたのは、
同じ乳がんを経験した一人の女性
彼女は乳がんになってからフルマラソンに挑戦し、
各地で開催されているマラソン大会にも参加
毎日10㎞走っている、
なんともアグレッシブなひとなのだ
その彼女
家の中では“バイク”を漕いでいるらしかった
ウォーキングがいいのは知っている
「歩くのが一番だ」とも言われている
が、夏暑く、雨も降る
冬は冬で道路は凍って滑る
夜道を歩くのは怖い
かといって、
昼間は誰かに見られるのが嫌だ
それより、
まず、歩く恰好に着替えるのが面倒だ
さらに、紫外線に当たれない私は
フル装備しなくてはならない
いや、まず、
ウォーキングシューズを買わなくては...
パンプスしか履かない私は、
スニーカーすら持っていないのだ
...と考えると、雨の日も雪の日も、
いつでもどんな恰好でも漕げる“バイク”は持ってこい
数日後、
たまたま朝刊に挟まってきたホームセンターのチラシ
なんとそこには、
“エアロバイク”が載っているではないか...
...と、購入したのが、
今から3年ほど前のこと
そのとき一緒に、
“ジムボール(バランスボール)”と、
“アンクルリストウエイト”も購入
“バランスボール”は、私の骨盤が歪んでいるため、
左股関節を傷めて数か月で断念
乗っていると、ふわふわゆらゆらするため、
“バランスボール酔い”するのも困りものであった
“アンクルウエイト”は、
家にいるときは足首に巻き活動する
が、風邪をひき体調が悪くなったのを機に
これも数か月でやめてしまった
“バイク”は何度かここでも登場
これだけは、唯一、未だ続けている
ただ、朝・晩漕いでいたものが、
“朝だけ”になってしまったが、
それでも、
一日も欠かさず、
たとえ体調が悪くても、
そもそも、“体調がいいとき”は
ほぼないのだが...
一泊して帰ってきても、
夜遅くに帰ってきても、
“必ず少しでも漕ぐ”と課している
駅から病院までの“心臓破りの坂”
...と、私が勝手に呼んでいるのだが...
この坂道も、階段も、
それまで息切れしながらようやくのぼっていたのだが、
バイクを漕ぐようになってからは、
楽にのぼれるようになった
私より70代のおばさまの方が
スイスイと階段を昇ったときは、
さすがに、
「これじゃあ、マズい」と思ったっけ...
3年間の走行距離、約3650㎞
全然大した距離ではない
が、長く続けるためには、“無理をしないこと”
...なのかもしれない
面倒なときもあるけれど...
いや、ほぼ毎日だ
休みたいときもあるけれど...
これも、ほとんど毎日だ
ここまで来たら、やめられない
とりあえず、“生きていくための最低限の体力”は、
確保しなければね――
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Source: りかこの乳がん体験記
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