がんの私が、がんの母を看取るということ。

『日本人の2人に1人ががんになる』

そう言われてはいるものの、
4人家族の我が家

なにもデータ通り、
2人ががんにならなくても...

しかも、告知を受けたのは2週間違い

母の方が少しだけ早くがん告知を受けていた

正直、

「どっちが(逝くのが)先だろうか...」

と、何度も考えた

「たぶん私だろうな。
 5年、しこりを放置してきたし、
 母は術後療法後、
 “身体の中にがんは見当たりません”と
 言われているし」

それに、母曰く、
“私はこの世に生まれてこなければよかった子”だ

「私が先に逝った方が、
 きっと母のためでもある」

そう思っていた

が、再発・転移をしたのは母

私自身ががんということは、
多少なりともがんの知識は持っている

“再発”が何を意味するのか――

父にも妹にも言えない現実がそこにはあった

「治る」

そう信じていた母

「頑張って治す」

最後までそう言っていた母

父もまた、すぐ目の前に“死”があることに
気づいていなかった

「駄目なんだよ、もう。
 無理なんだよ。もう...」

何度も何度も心の中で叫んだ

その声は、決して父には
聴こえてはいけない言葉だった

どんどん大きくなってゆく、肺に転移したがん

治療薬もなく、治療法もなく、
ただ指をくわえて最期を待つだけの時間――

  自分で歩けるのか...
  食事は摂れるのか...
  呼吸は苦しくないか...
  血中酸素濃度はどうか...
  足は浮腫みはじめていないか...

日一日と、確実に短くなってゆく命

少しの異変も見逃してはいけないと、
様々なことにアンテナを張り巡らせていた

それは、
自分ががんになったからこそ得た知識

自分ががんであることで、冷静になれたこと

が、自分ががんであることで、
冷酷に見ていたこと――

そしてそんな母の姿は、
後の自分とダブらせることにもなる

「私もいつか、母とようになるのか...。
 私も数年後、母と同じ道を辿るのか...」

がんは、ひとを孤独にする

たとえ家族であっても、
つらさや不安は理解してもらえない

その家族ががんになった

がん患者同士、わかりあえると思っていた

が、結局、孤独だ

『遠くの親戚より近くの他人』

という言葉があるが、
がんに関しては、

『近くの家族より、他人のがん患者』

そんな気がするのだ――

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Source: りかこの乳がん体験記

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