神の詩 第三章十七節 

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神の詩 第三章十七節

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「しかし、真我(アートマン)に喜びを見出し、真我に満足し、真我に安心している者

に、なすべきことは何もない。(十七)」
「彼には、この世で行動して得るものも、行動しないで失うものもない。彼は誰かに何かを期待することもない。(十八)」
真我意識に到達した人にとっては、
真我そのものが至福であり、
ありのままに存在している状態
であるため、

もはや
地上でなさなければならない義務は
生じなくなります。

これについては
第五章で詳しく述べられます。

地上のすべては、
真我に到達することを目的として創造された幻想(マーヤ)世界であり、
真我に達した人は、
もはや
この幻想の物質世界で
得るものも
失うものも
ありません。

美しい月が空に出ている時に、
月を描いた落書きを見ようとはしないでしょう。

真我に達した人にとって、
この物質世界は
その落書きのようなもの。

瞑想から真我に達した人は、
その本性に促されて、
より精妙な境地へと向かう力が強まります。

魂が
自発的に
宇宙意識へと向かう流れが
確立されていきます。

そして、
瞑想から戻ってきた状態においても、
真我の神聖な質を
日々の活動の中に
とりいれていくことになります。

それが続くことによって、
真我の絶対的存在の境地に根ざしたまま、
行動できるようになっていきます。

その行動は、
自然と神への献身に沿うものばかりになります。

聖書では、
新しい人とも表現されています。

「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」コリント人への第二の手紙5-17

「あなたがたは、古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、造り主のかたちに従って新しくされ、真の知識に至る新しき人を着たのである。」コロサイ人への手紙3-10

ウパニシャッドの精髄ともいえる
「ヴィヴェーカ・チューダーマニ」
の中で
真我に達した状態が
わかりやすく記されています。

「永遠不滅で無限に拡がり、
すべてに遍満する最も微細なものが
自分のありのままの姿であると、
自分の本質を完全に理解したのであれば、
あなたはすべての罪は消え去り、
穢れも消え、
死からも解放される。」

精解 神の詩 聖典バガヴァッド・ギーター 3
森井 啓二
きれい・ねっと
2021-08-20


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Source: ひかたま(光の魂たち)

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