1月28-30日に 京都国際会館にて第24・25回 日本病態栄養学会 年次学術集会が開催されました.
昨年の第24回がコロナ騒ぎのため延期されたので,今年の第25回との合同開催です. つまり2年分の内容を今回 一度に行いました.
また 今回は,会場開催だけでなく,同時にWEBでも開催するハイブリッド構成です.したがって京都の会場に行かなくても,参加登録しておけば全国どこからでも講演や一般発表(=一般口演)を視聴できました.会場開催は上記の3日間だけですが,WEB開催は2月25日まで行われていました.私は 実家の母が緊急入院したため,リモートで講演を視聴してきました.
主催者によれば,今回の参加者は 4,649名だったようです.前回(2020年1月,つまりコロナ直前)は5,329名ですから少し減りましたが,この2年間 どこの医療機関もコロナで大わらわであったことを思えば,多くの参加が得られたと思います.
前回(第23回;2020年)は京都 国際会館のどの会場に入っていも満員盛況でした.今回もほぼ同じ参加人数なのに,チラリとLive配信の画面で見た限りでは,会場は閑散としていました,広い会場がガラガラで,時には会場にいるのは座長と発表者だけで聴衆がほぼゼロというところもありました. ということは つまりほとんどの参加者がWEB参加だったようです[★].
[★]個人的には コロナが終息しても,学会はこの形式が定着していくのではないかと予測しています. たしかに運営側の負担は増すのですが,会場開催だけの場合,参加する人は 必ず 3日間仕事を休んで京都に行く必要があります.しかし,WEB学会なら.仕事があっても あるいは小さい子供がいて自宅をあけられないという人でも,自宅から参加できますから,結果として学会参加者が増える(=参加登録費収入が増える)からです. それでありながら,大規模な会議場を用意する必要はありません.そうすると,これまでは学会を開催できなかった地方の小都市でも開催できることになります
【ご注意】学会内容をそのまま転載することは禁止ですので,以下はあくまでもしらねのぞるばが学会講演・発表を聴いた感想であることをお断りしておきます.
【1】医師は十分な栄養学教育を受けているのか
まず聴講したのが,これです.
シンポジウム 5 『医学教育における病態栄養学の現状と課題』
日本の大学医学部では 医師の卵に臨床栄養学をどの程度教育しているのか,その実態と問題点についての講演です.医学部に入学した学生は6年間みっちりと医学教育を受けるわけですが,そのカリキュラムの中で 栄養に関する講義はどれくらい行われているのでしょうか?
[1] 全体アンケート
最初に登壇した日本医科大学 折茂 英生名誉教授がこの疑問に答えています.
折茂先生は 日本臨床栄養学会による『医学部における栄養教育の実態調査アンケート』の結果を報告されました[S5-1].
それによれば,ほとんどの大学で必須履修科目として栄養教育を行っているものの,その講義時間は ほとんどが5時間未満(6年間にですよっ!)であり,十分な時間をさいているとはいいがたい状況でした.
[2] 京大医学部の例
実際,2番目に講演された京都大学医学部 小倉 雅仁先生は,京大においても 栄養教育は 2コマだけ,つまり大学講義は 1コマ=90分ですから,3時間ほどしか講義していないと報告されました(その他に臨床実習でも1コマ)[S5-2].
ただし 京大医学部が特に栄養を軽視しているわけではなく,前記の折茂先生のアンケート結果から見ても,これが日本の大学の普通の姿なのでしょう.なぜ,こんなに栄養教育にかける時間が少ないのか,それは 医学部のカリキュラムはギュウギュウ詰めだからです.医師として患者の診断・治療ができるようになるためには,その前に 一通りの基礎知識,すなわち 解剖学・血液学・神経学・免疫学・生化学 等々何もかも教えなければいけないので,どうしても栄養教育に割り当てる時間はこれくらいになってしまうとのことでした.
[3] 日本女子医大の例
続いて3番目の講演を行ったのは,日本女子医大 谷合 麻紀子先生です[S5-3].日本女子医大は 日本栄養学の祖であり,女子栄養大学 創設者でもある 香川綾博士の出身校です.そういう歴史的経緯から,おそらく日本でもっとも栄養教育を重視している大学医学部でしょう.
ところが日本女子医大の医学部カリキュラムを見ても,どこにも『栄養』という言葉は登場しません. これは栄養教育を行っていないのではなく,むしろ逆で,カリキュラムで教えるべき項目を規定した全600頁の『教育要綱』を見ると,随所で栄養に関連する教育を行うとしています.その講義量はなんと6年間で19単位!,大学の講義1単位は,おおむね 20時間くらいの講義(大学によって多少異なります)ですから,日本の平均的な栄養教育講義時間からみれば,群を抜いて充実しています.
[4] 今後の課題
日本の大学医学部における,栄養教育の平均的な姿(京大),そしてもっとも充実した姿(日本女子医大)を概観したところで,最後に東京医科大学 菅野義彦先生が今後の課題を報告されました[S5-4].菅野先生は,日本の医学部で栄養教育が貧弱になってしまうのは;
- 教える時間がない[過密カリキュラム]
- 教えられる人がいない[臨床栄養専門家がすべての大学にいるわけではない]
のが原因であり,講義時間が確保できないのであれば,せめて 各大学がそれぞれ学内で栄養学講義の講師を探すのではなく,日本の第一人者の先生にオンライン講義のような形で教えてもらってはどうか,つまり『量』が確保できないのなら,せめて『質』を高めてはどうかというわけです.
やっぱりそうでした
以上の4本の講演内容は,私の事前予想通りでした.
やはり 日本の医学部では医師の卵にほとんど栄養学講義を行っていないのです. 6年間の医学部在籍中にたかだか数時間の『臨床栄養概論』を聞いたからといって,それを医師になった後も覚えているでしょうか. 仮に 覚えていたとしても,たかだか数時間の講義で得た知識だけで,あらゆる患者の栄養指導・食事療法を完璧に決定できるでしょうか.
医学部生の卒業時点での栄養学知識レベルについては,上記の菅野先生がわかりやすい事例を出していました. 医師国家試験では,一応アリバイ程度に臨床栄養の問題が毎回出題されるようです.しかし,その出題レベルたるや,管理栄養士国家試験に比べれば実に簡単な問題でした.問題の1例をスライドで出されましたが,私は見た瞬間に正答がわかりました.あの程度の問題であれば,管理栄養士国家試験の受験生は 100%正答するでしょう.ところが,その大甘の問題ですら医学部受験生の正答率はかなり低いのです.つまり,医学部基礎教育期間(1~4年次)に受けた栄養学基礎講義の内容を,もうこの時点で忘れているのです,そりゃそうですよね. 医学部の学生は,ややこしい名前の病気やら,疾病メカニズム,治療・診断法 等々 覚えなければいけないことはヤマほどあるのですから.医学部に限らず,誰でも大学教養課程でチラリと聞いた講義内容なんて,学部課程では覚えていないのが普通でしょう.
なお,医師の先生方の名誉のために付け加えれば,すべての医師が 栄養学オンチではないでしょう. 実際 今回の学会でも,一般口演(発表)で座長を務めておられた先生は,質問や講評などから栄養学の造詣が深い人とお見受けしました.おそらくほとんどは 学会が認定した『病態栄養専門医』[★]だと思われます.
[★] 『病態栄養専門医』
このブログを読もうという人ならば『糖尿病専門医』はよくご存じでしょう.しかし日本病態栄養学会が認定した『病態栄養専門医』は ほとんどの人が知らないのではないでしょうか. それもそのはずです.日本の医師の全数は約30万人ですが,そのうち 内科医は約7万人です.ところが糖尿病専門医は 5,700人しかいません. つまりほとんどの糖尿病患者は一般内科医を受診しているのです. さらに『病態栄養専門医』となると,日本全国に わずか 415人です.ですから,さがし歩いたのならともかく,偶然にも受診した病院の先生が病態栄養専門医であった,という確率はほぼゼロでしょう.
では管理栄養士はどうしているのか
こうしてみると,医師法・栄養士法において,『食事療法も医療行為なのだから,医師の指導の下に管理栄養士が担当する』【注】 ことになっていますが,それはまったく形骸化しており,実際には 医師は患者の栄養指導については管理栄養士に丸投げするしかありません.栄養学の初歩を学生時代に2~3時間講義されただけ(それすら ほとんど忘れているでしょう)ですから,ほとんどの医師には栄養指導できるほどの知識がないのです. ですから法の建前に反して,実態としては 管理栄養士が患者の食事を含めたライフスタイルを聞き取って自分で判断し,食事療法・栄養指導などを実質的にすべて決定しているのでしょう.しかし,その栄養指導が本当に最適なのか,改善の余地はないのか,という観点でみた場合,管理栄養士は 何を頼りにして患者に栄養指導・食事療法指導をしているのでしょうか.
【注】この記事の『管理栄養士に食事療法の決定権限はない』を参照.
そこで,管理栄養士が 実際に患者に栄養指導を行う場合はどうしているのかを知るべく,別のシンポジウムを視聴してみました.
[2]に続く
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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