神の詩 第五章第二節 1

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神の詩 第五章第二節

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スリー・クリシュナ
「行動の放棄も行動の実践も、どちらも至福(解脱)に至る。しかし、この両者の内、行動の実践の方が行動の放棄よりも優れている。(二)」

行動の実践も行動の放棄も、
どちらも同じ目的地、
至上霊との合一に至ります。

ここで言う行動の放棄とは、
智慧の道を意味しています。

どちらの道でも
瞑想は必須となり、
そこに行動の実践では、
感覚器官を利用した身体の活動が主体となり、
行動の放棄では心の活動が主体になります。
「この両者の内、行動の実践の方が行動の放棄よりも優れている。」

これは
物質界に縛られた瞑想初心者が、
智慧の道に入り、
瞑想と心の活動だけ行うことは
理にかなっていないからです。

行動の道にも、
智慧の道にも、
行動の放棄が求められます。

でも、
最初は
行動の道から実践を続けることが、
道を歩む上で
順調となります。

いきなり
すべてを放棄する智慧の道に進むのは、
男性が主体だった時代には
長く続いてきました。

釈迦大師にしてもイエス大師にしても、
弟子の多くは
男性でした。

これには
さまざまな理由があります。
肉体的な要因や精神的な要因、社会的な要因など。

肉体的な面では、
男性は、
座禅や瞑想、禁欲的、行動的な修行に向いています。

女性の方は、
自然界や人との調和能力や直観力、感性に優れていることで、
祈りや万物を慈しみ愛情を注ぐといった受動的な修行に向いています。

また
修行の時の意識を向ける方向性についても、
男性は見えないエネルギーのような何か超越したものを対象にする一方で、
女性はもっと現実的なもの、目の前の身近なものや人に関心を寄せる傾向があります。

山岳修行を例にして言えば、
男性は「山」を知りたい欲求を持って修行するのに対し、
女性は「山」と共に在りたいという欲求を持って
修行する傾向があります。

続きます。

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Source: ひかたま(光の魂たち)

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