猛毒? ケトン体
2012年頃までの日本糖尿病学会では,ケトン体=ケトアシドーシスであり,糖質制限食はその有害なケトン体の血中濃度が上昇するから危険であるというキャンペーンが 学会組織の全力をあげて行われていました.
2013年の3月には糖尿病学会が下記の『提言』を発表しています
日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言 ~糖尿病における食事療法の現状と課題~
これを医療関係者に向けただけならまだしも,この提言発表にあたり テレビ・新聞の記者を集めて記者会見まで行ったため,各紙で大きく報道されました.
これに呼応して,同年 5月の第56回 日本糖尿病学会 年次学術集会でのシンポジウムではこう述べられています.
S6-3 低糖質食の問題点―医師の立場から
エネルギー源としてグルコースしか利用できない脳や血球などの臓器へのグルコース供給量は,理論上,肝糖産生でまかなえるが,糖質として100~130g摂取すれば肝糖産生に依存する必要はなく,ケトン体産生のリスクは低い.
『エネルギー源としてグルコースしか利用できない脳』という,学会講演としては信じがたいほどの初歩的な誤りはおくとしても,ケトン体が危険だと主張するその人の心臓の筋肉だって 実はケトン体をはじめとする脂質代謝物で動いていることを知らなかったようです.
手のひら返し
ところが 2014年4月に日本でもSGLT2阻害薬が発売されると風向きがガラリと変わります.
SGLT2阻害薬を服用すると,摂取した糖質の一部を尿中に『捨てる』ので,結果として糖質制限食と同様に 糖新生の亢進,血中ケトン体濃度が上昇することがわかってきました.しかも海外からはケトン体は毒物ではなくて,それどころか ケトン体には 心臓・腎臓の保護作用もあることが報告されるようになると,この『有害なケトン体濃度が上がるから糖質制限食は危険だ』という声は パタリとやんでしまいました.
そして 2016年5月の糖尿病学会では,ケトン体は有用なのだと力説されるようになりました.
現在では SGLT2阻害薬は 単に糖尿病治療薬ではなく,心疾患の第一選択薬として投与して ケトン体を増やすべきだという声まであがっています.
今回の学会では
こういうシンポジウムが行われました.
シンポジウム13 ケトン体の生理的意義を考える
S13-1 ケトン体受容体と栄養シグナル
京都大学 木村郁夫
S13-2 ケトン体の脂肪細胞機能への影響
大阪大学 西谷重紀
S13-3 ケトン体代謝と糖尿病性腎臓病
滋賀医大 久米真司
S13-4 新生児におけるケトン体合成の意義
熊本大学 有馬勇一朗
S13-5 小児GLUT1欠損症に対する中鎖脂肪酸を用いたケトン食療法
大阪大学 長井直子
日本糖尿病学会で行われてもいいようなものすごく濃密な内容の講演でした.これらの講演が あまりにも充実していること,また 引用された文献も多数ですので,その内容紹介は別途 記事にしますが,ともかく 件名を見ただけでも,ケトン体が いかに生命にとって重要な物質であるかがわかります.
この重要なケトン体が,つい10年ほど前までは『糖質制限すると上昇して危険な物質』というのが【定説】だったのです.
権威ある学会で おごそかに示される定説というものは無視はできませんが,また過信もできないという好例です.
【完】
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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