「顔パンツ」の呪縛

内科医

 異常気象の影響なのでしょうか,まだ6月だというのに,とんでもない猛暑の日々が続いています.
梅雨明けも例年になく早く,あちこちで最高気温などの記録が次々と更新され,熱中症による犠牲者もうなぎ登り,この夏が思いやられます.

 コロナ禍は第6波が収まってからはいちおう小康状態で,経済活動もほぼ元に戻り,観光客や留学生の受け入れ制限も少しずつ緩和されています.

 世界各国ではマスクの着用基準がどんどん緩和され,良いか悪いかは別として,もともとマスク習慣がなかった欧米諸国では,街中でマスクをする人がほとんど見かけられなくなったようです.

 我が国でも,感染状態の落ち着きに加え,猛暑の中のマスク着用は熱中症の危険性を高めるということで,政府がマスクの着用基準を緩和,屋外で密にならない時や会話の少ない場面ではノーマスクでも問題ないという方針を表明しました.

 私も今は原則として,公共交通機関に乗る時以外,混雑するような場でなければは外でマスクを着用することはやめました.

 しかしこれだけ暑い日が続いていても,全く人通りのないような場所でさえ汗びっしょりになりながらもマスクを着けて歩いている人たちの多いのを見ると,日本人の国民気質を強く感じさせられます.

 もちろん,マスク着用が感染予防に効果があることは,異論はあるものの概ねエビデンスがありますし,我が国の高いマスク着用率が諸外国より低い感染率に貢献しているということも間違いなさそうです.
 しかし,周りに誰も人がいない広い屋外や,いても一瞬すれ違うだけの状況でのマスクはほのんど意味はないでしょう.もちろんこの時期熱中症の危険が増大するのも言わずもがなです.

 ある中学校での体育の時間に,熱中症予防のために教師が生徒たちにマスクを外すように指示したところ,生徒の方から,「強制ですか?」という予期せぬ反応が返り,返答に窮してしまった教師の姿がテレビで映っていました.

 そもそも入学した時からマスクをするのが当たり前の生活になってしまっていた彼等にとっては,外して素顔を晒すことの方が恥ずかしい,というわけです.
 ある女子生徒は,「誰か仲のいい子が外したら一緒に外す」と言っていました.
 彼女たちにとっては,感染や熱中症そのものの心配より,外して顔を晒すことが他人にどう見られるかということの方が重大な関心事なわけです.考えるとこれは異常事態と言わざるを得ません.

 誰かがマスクのことを「顔パンツ」と表現していました.
 つまり大半の日本人にとって,マスクをすることは感染予防のためというより,着用が当たり前の日常になってしまった,それを外すのは公衆の面前でパンツをずらすのと同じくらい人目を憚る行為に感じるようにさえなってしまったということ,誠に巧い表現だと思います.

 日本は世界でも稀に見る「同調圧力」の強い国です.これは知り合いの外国人誰もが言いますし,私も含めて少しでも海外に住んだ経験のある人間なら多くが感じるところです.

 日本人は何かを行動にうつす時,周囲の人にどう見られているかということを必ずと言っていいほど気にします.

 もともと四方を海に囲まれた小さたな島国で,古来より農耕民族として生活を築いてきた日本人には,共同体の一員として,ひと様に迷惑をかけないようにとか,自分の意見を封殺しても大勢の意見に従うのが美徳というような習慣が骨の髄まで染み付いてしまっていると言われています.

 この国民性は共同作業で何かを成し遂げようとするときには大きな利点になりますし,駅や店ではもちろん,災害時の時でさえ辛抱強く列に並び,決して暴動など起こさない姿や,和を尊ぶ姿は世界中から称賛されているのは周知のとおりです.
 
 しかし今の日本を見ていると,その国民性の負の面が,あまりにも出過ぎていると言わざるを得ません.

 出る杭は打たれる,少しでも他人と違うと妬まれ,誹謗中傷される,些細なことをあげつらわれて批判される.なんでも横一列でないと気に入らない人間が何ゆえかくも増えてしまったのか?

 コロナ初期の頃の自粛警察とやらもその最たる例でしょうし,上述したマスクの話にしても無言の圧力が子供たちの心まで蝕んでいるのではないかとさえ思ってしまいます.

 政治家でも芸能人でも,ちょっとした言動をマスコミが切り取って表沙汰にする,そしてそれを多くの人間が匿名をいいことにハイエナのごとくよってたかってSNS上で完膚なきまでに叩き,果ては自殺にさえ追いやる.
 もちろん,ただ記事が売れさえすればいいという多くの三流マスコミの責任も限りなく大きいと思います.

 最近の日本が経済的にも世界の潮流に取り残されて衰退してしまっていることの一因に,スタートアップと言われる,革新的なアイデアを持った起業や新規事業の立ち上げが他国より圧倒的に少ないことがあるといわれます.これは,資金力の問題もさることながら,やはり,異質なもの,飛び抜けたものを素直に認めたがらないような風土が若い人たちを萎縮させてしまっているのも原因ではないかと思います.

 最近流行りの「多様性」とやらもこれでは全くお笑い草ですし,日本人もいい加減にこの悪しき「同調圧力」の呪縛から逃れないと,復活への道は遠いのではないでしょうか?
 

医師 ブログランキングへ
Source: Dr.OHKADO’s Blog

コメント

タイトルとURLをコピーしました