新たなる海原へ

内科医

 今年もはや2ヶ月少し,毎年ながら400メートル走の最後の直線100メートルのラストスパートとでもいうような慌ただしい季節となりました.

 さて,今や医療機関には,他の分野と同様,急速なデジタル化の波が押し寄せています.電子カルテはもちろん,診療報酬のオンライン請求も当然のようになり,コロナ禍が始まってからはオンライン診療も普及しつつあります.

 そして今なによりもホットな話題は,オンライン資格確認です.
 マイナンバーカードに保険証を紐づけることにより,患者さんの資格確認が正確かつ容易になること,さらに今後薬剤情報や健診,既往歴等の情報が紐付けされれば薬剤の重複ミスの防止,問診の簡素化などが期待され,また全国どこの医療機関に受診しても最低限の情報が共有されるので,医療者側,患者さん側双方にとってwin-winであるというのが謳い文句です.

 ただそのためには業者に依頼してカードリーダーや専用のパソコンを使った通信システムを構築せねばならず,経費も30万円を軽く超えます.
 その上マイナンバーカードや,ましてや保険証との紐づけの普及が予想外に遅れているのにどこまでニーズがあるのかという猜疑心も手伝って,多くの医療機関が導入を躊躇していましたし,正直,当院も例外ではありませんでした.

 なんとしてでもデジタル後進国の汚名を挽回したい国は,導入にはほぼ満額で補助金を出すという方針ですが,それでも遅々として進まないため,ついに補助金申請の期限を来年の3月までと決定,オンライン資格確認の導入は半ば強制となったわけです.

 私はインターネットなどなかった時代からパソコンに親しんでおり,クリニックのIT化を進めることには抵抗はなく,電子カルテや紙媒体のスキャンニング,クラウド利用等による可能な限りのペーパーレス化はもちろん,Wi-Fiやキャッシュレス決済導入も行い,オンライン診療も少しずつではありますが行っています.便利さももちろんですが,突き詰めれば患者さん,スタッフ双方の利益になります.

 そして残る天王山が,このオンライン資格確認です.しばらく様子を見ていましたが,政府の決定も手伝ってとうとうこの年末に出入りの業者に設置してもらうことにしました.

 さて,この制度については,そもそもマイナンバーカードの普及率でさえまた50パーセントそこそこな上,そこに種々の個人情報を紐付けするということで,多くの国民から不安視する意見が出ていますし,政府のやり方は慎重さに欠きあまりにも拙速であるという声も多いようです.

 もちろん日本は民主主義国家ですから,新しい施策をやろうとすると必ず反対勢力,抵抗勢力がいるのはやむを得ませんし,議論を尽くす必要はあるでしょう.

 しかし私個人の意見としては,奇しくもコロナ禍で露呈してしまった,我が国のデジタル化の恥ずかしいほどの遅れを取り戻すためにも,IT化をどんどん進めるという方針自体は間違っていないと思います.
 日本が今後も国際社会の一員として生き残っていくためには,江戸時代のように鎖国でもするのならばとにかく,第4次産業革命といわれる大波に乗るしかないわけですし,正直今の日本はその波に乗れるか乗れないかの瀬戸際に立っているということです.

 コロナ禍の初期,国民全員への10万円の特別定額給付の時も,あまりにもアナログなやり方で大混乱をきたし,とても先進国とは思えない醜態を世界中に露呈してしまったのは記憶に新しいところです.こういった作業も,国民全員にマイナンバーカードが普及すれば,簡素化と迅速性により,結局は国民の利益に繋がるのではないでしょうか?

 最近は日常生活でも行政の手続きでも,あらゆる場面でスマホを持っていることやインターネットにアクセス出来ることが前提になっています.QRコードを読み込む手段がなければ生活に必要な情報さえ得られないことも多いわけです.

 自分は電子メールを使わずに郵送やファクスや電話だけしか使いません,などといつまでも頑なに主張したところで通用しなくなっていますし,ある程度のITリテラシーがなければ就職さえ出来ません.
 そして何より,うまく利用すればこれほど便利で生活の質を高めてくれるものもありません.

 当院では,産休中のメンバーも含めスタッフ10数人全員がLINEのグループメールを作り,連絡事項や確認事項は全てそれで行い,ときには簡単なディスカッションもLINE上で行っています.重要な情報が瞬時に伝わりますので業務上のミスが減り,報告事項だけのための無駄なミーティングはほぼなくなってスタッフの負担軽減にも業務の質向上にも寄与しています.
 つまり,たかがLINEとはいえ,それを使えることは当院のスタッフにとって必要不可欠なことになっています.

 もちろん高齢者を中心に,いまだにインターネットを使ったことのない人,ガラケーの人,中には携帯電話の所有さえしていない人がいますので,今のような過渡期にはこういったITマイノリティに対するある程度の配慮は必要でしょう.

 また国民のなかには,やはり個人情報の漏洩を危惧する人が圧倒的に多いのも普及を妨げている要因のひとつのようですし,なんといっても多くの国民がこういった巨大なシステムを統括する今の日本政府の姿勢に信頼を置けていないことも大きな要因ではないでしょか?

 旧統一教会の件での某大臣の幼稚な答弁のように,何かの不祥事が生じた時に,恥ずかしげもなく都合の悪いことは露骨に隠蔽しよう,誤魔化そうという姿や,お粗末な情報漏洩事件を見ていると,セキュリティーは万全だと声高く叫ばれても,信頼しろという方がどだい無理だと思います.
 政府も本当に国家あげてのデジタル化を進める気があるのであれば,国民に信頼されるように自らの襟こそ立たさなければならないでしょうし,化石みたいな頭の人間がリーダーシップを取るのだけはごめん被りたいものです.

 世界最高峰のIT先進国として有名な,バルト海沿岸の小国エストニアは,オンラインでできないことは結婚と離婚だけと言われるほどデジタル化が進んでいるようです.
 天然資源もなく,地政学的な問題でロシア帝国等次々と支配者が変わってきたこの国は,たとえ物理的に国家がなくなってユダヤ人のディアスポラのように国民がバラバラになったとしても,オンライン上に国家(e−エストニア)としてのデータを残しておけば,国民皆がつながることができ,再出発出来るということまで考えているとのこと,その覚悟たるや驚きです.
 実はこの国の国民の政府に対する信頼度は,我が国と同じ程度でそれほど高くないとのことですが,このシステムを構築するにあたっては,長い時間をかけて徹底的な透明性と公平性を確保することができるようになったからこそうまく行っているとのことです.
 もちろん人口や国家の規模,そしてなによりも準備期間が全く違いますので単純に比較することは出来ないでしょうが,エストニアには多いに見習うべき点も多々あると思います.


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Source: Dr.OHKADO’s Blog

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