【京都は百済人ニダ】朝鮮人の妄想が止まらない

「韓半島の文化のDNAが伝わり、京都が最高の観光地に」
短歌詩人・孫戸妍(ソン・ホヨン、1923~2003)の娘で詩人の李承信(イ・スンシン)さんが最近、自身のエッセイ『なぜ京都なのか』(1・2巻、ホヨングルバン)の日本語版を出版した。

李承信さんの母親の孫戸妍詩人は31字で構成された日本の伝統詩歌・短歌を日本人より巧みに書く詩人だった。日帝強占期に日本で学んだ短歌を解放後も止めることなく60年余りの間に2000首を越える作品を書いた。短歌集『戸妍歌集』などを残し、1997年に青森県に詩碑が立てられたりもした。李さんは「母は私たちの先祖の詩が日本に渡って短歌になったことを知り、『1000年以上消えていた私たちの詩を私だけ書いているんだ』という使命感で短歌を守った」と紹介した。

李さんが2018年と2021年に出版した『なぜ京都なのか』1・2巻は、李さんが詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ)が修学した京都・同志社大学で2015~2016年に遅れて勉強した体験を基に、古い都市の随所に残っている韓国人の痕跡などを題材にした本だ。現在、京都に滞在中の李さんは電話インタビューで、「韓国の詩人の目に映った日本の姿を日本の読者が見て、韓国をもっと好きになってもらいたいという思いから『なぜ京都なのか』の日本語版を出すことになった」と述べた。

李さんは自身と京都、韓国文化と京都との縁を強調した。2011年、日本で名前が知られ、頻繁に講演するようになったが、その時になって日本についてろくに勉強したことがないという自責の念を感じた」と話した。単に韓国から遠くないという理由で留学先として京都を選んだが、結果的に最善の選択だったという。

百済(ペクチェ)滅亡後、王族や貴族、当時の知識人が京都に移住して花咲かせた文化が千年以上伝統として定着し、命脈が受け継がれてきたではないか。私たちから消えていったものが京都にあり、京都が今日、世界最高の観光地になる土台になった。そのとてつもないDNAが私たちから始まったのだから、そういった自負心で未来の希望をつかみ、前に進まなければならないと思った」

李さんは「多くの日本人が韓国を好きになって許しを求め、膝をついたりもしているだけに、政府や政治家に両国関係の改善を任せずに民間人が互いに交流し勉強してより良い関係を築いていくことを願う」と語った。

https://news.yahoo.co.jp/articles/d3204adb632173649b00f499586069acd71592b0

妄想が炸裂している、、、

百済人DNA韓国人DNA
百済の滅亡は西暦660年。

京都の平安京建都は西暦794年。

奈良の平城京でも西暦710年です。

660年って、、、

難波の宮ですね。

難波宮、西暦645年〜793年頃までの約150年間の皇都。
妄想で歴史を捻じ曲げて語り優越感に浸る。

国交断絶が一番の方法です。

この民族には何を説明しても無駄です。

そもそも百済人と今は朝鮮半島人は別のDNAです。

百済系遺跡での出土した骨のDNA鑑定結果は現代韓国人に見られないD系の遺伝子が、必ず見つかっている。
高句麗の骨からもD系が検出されている。

(中国)高句麗~百済までの流れを確認すると、当該国の中核的民族にD系統の遺伝子が確認される。

Y遺伝子D系統を持つ人種
アイヌ人……88%
沖縄人……56%
本土日本人…42~56%
チベット人…33%
韓国人……0%

では朝鮮人とは何者なのか、、

これについては 「韓国人は何処から来たか」長浜浩明 2014.1.20 展転社 は次のように述べている。
半島は、BC10000年~BC5000年の間、旧石器遺跡が(わずかしか)出土せず、ほぼ無人だった。
BC5000年頃から、縄文人が(日本)列島から半島に渡り 定住を開始。
BC2000年頃から、大陸北方から人々が(先住の縄文人を駆逐するように)侵入し、縄文人と交雑し、縄文人と入替わって、半島人が生じた。

核DNAの解析結果が示すことは、半島は元々縄文人が住み着いた土地であり、その後に他民族が侵入し、先住縄文人と交雑し入れ替わり、弥生時代の半島人が生じた。 


従って、半島系渡来人は先住縄文人の末裔であり、典型的な弥生渡来人であっても、縄文人の遺伝子を持っている。ということを示した。

雑種です。

1.Gm(ガンマグロブミンマーカ)遺伝子
この遺伝子は血液の成分である血漿(血清)中に存在し、
人種によって異なることから人種の特定に使われています。
日本人は北から南まで成分の比率がほぼ同じであるのに対し、
韓国人とは多少の違いが確認されています。
この結果から日本人は単一民族ですが、
韓国人とは似てはいても多少違う人種だと言えそうです。

2.Y染色体
細胞の核にはX染色体とY染色体があり、
XとXの時は女性、XとYの時は男性になります。
Y染色体は男性のみが持つため男の遺伝子ということになります。
日本人の持つD成分を韓国人は持っていないため、
日本人と韓国人の男性は人種が違うと言うことができます。

3.ミトコンドリアDNA
細胞の核の外にあるミトコンドリアの持つ遺伝情報です。
母親から娘にのみ受け継がれることから女の遺伝子と言えます。
この遺伝子は日本人特に九州人と韓国人はほぼ同じです。
このことから九州人と韓国人の女性は人種が同じと言えます。

以上から、
日本人と韓国人は男は人種が違うが女は同じということです。

では本題である古代朝鮮人の正体に迫ります。

今仮に古代朝鮮人が大陸からやってきた日本人と人種の違う人達だったとします。
すると、当然男も女も日本人とは違う遺伝子を持っていたはずです。
ところが上記のように現在の日本と韓国の女性は同じ遺伝子なのです。

違っていた遺伝子が同じになることがあるのでしょうか?

古来同じだった遺伝子が時代の経過で違ってくることはありますが、
違っていた遺伝子はいくら時代が経っても同じになることはありません。

これは古代朝鮮人は大陸からやってきた異人種ではなく、
日本人と同じ遺伝子を持っていた、

すなわち元々は同じ日本人だったということです。

ではなぜ男の遺伝子は違っているのでしょう?

考えられることは一つです。

日本人の居住地に異人種の男の集団が入り込み、
日本の男をすべて追い出すか抹殺したということです。

もし僅かでも日本人男性が生き残っていればY染色体のD成分が残っているはずですが、
現在の韓国にはほとんどD成分は残っていません。
これは朝鮮半島から日本人男性はすべて駆逐された何よりの証拠です。

女性は侵入者によって殺害されずに支配されたため、
女性の遺伝子は日本人(九州人)と同じままなのです。

発掘調査でも古代の墓の様式が日本方式であったり、
出土した人骨の形態が韓国人より日本人に近いなど、
古来の朝鮮半島の住民は日本人だったという証拠が揃っています。

日本人が韓国人と入れ替わったのは白村江の戦いだったと思われます。
白村江の戦いで日本人を追い出したという記録が残されているからです。

大和朝廷が朝鮮半島の百済、新羅、高句麗と交易していた時期は、
言葉の障害を伺わせる記録がありません。

これは交易していたのは日本人通しだった何よりの証拠です。

遺伝子、古墳の形式、人骨の形態、言葉の記録など、
すべてが古代朝鮮人は日本人だと証明しているのです。
渡来人という教科書の記述の変更が必要だと思いますが、
皆さんはどう思われましたか?

遺伝子が証明する古代朝鮮人の正体
歴史書を見ますと古代朝鮮人が何者であったのか未だにはっきりされていません。 魏志倭人伝には半島南部は倭人が住ん…

百済滅亡後、、

半島に残っていた「倭人」男性は全て外来人に根絶やしにされて滅亡した。

その外来人が、、現在の朝鮮人でしょうね。

「歴史的に」って言い方にすれば、半島は日本のモノということなんです。

ネットの声

65 :日本人の名無し:2022/05/12(木) 13:52:33.48 .net
    朝鮮人である定義とは何?

    海藻を消化出来ない。
    辛くないと美味しくない。
    一人の相手に集団で無いと文句も言えない。
    他人の幸福や成功に嫉妬して胸や腹の痛みを感じる。
    素手相手に必ず武器を持つ。
    排泄物に愛着を抱く。
    マウンティングしないと苛つく。
    自分が不幸なのは絶対他人のせい。

    等に当てはまるんなら、わからん気もせんけど?

66 :日本人の名無し:2022/05/12(木) 15:37:53.96 .net
追加で、
反撃されたら、蜘蛛の子を散らすようパニックになって逃亡する。
自身を常に被害者ポジションに置きたがる。
故人に侮辱を与えようと考え、墓荒らしをする。

かな?

取り敢えずこの辺で。
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Source: 身体軸ラボ シーズン2

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