【この記事は 第66回 日本糖尿病学会年次学術集会を聴講した しらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】
LY3437943
シンポジウム9『インクレチン研究の発展と新展開』の冒頭,Eli Lilly社の William Roell博士による講演が行われました.
講演のほとんどは チルゼパチド(『マンジャロ』)の紹介でした.ほぼこの記事で紹介した内容です.
ところが 講演の最後のスライドは,現在Eli Lilly社で開発中の 三重受容体活性化薬(トリプルアゴニスト:Triple Agonist)の紹介でした.
その内容は この文献で詳述されています.
開発中の薬剤なのでまだ名称は付いていませんが,Code名:LY3437943という化合物です.動物実験(マウス)ですが,LY3437943の効果がよくまとめられています.
なお,動物実験ではなく,人体での治験も開始されています.米国政府の臨床試験データベース:ClinicalTrials.gov を見ると,こう登録されています.
既に 2型糖尿病患者を対象とした第2相(Phase2)試験まで進んでいるようです.
試験自体は終了したようですが,その結果は まだ報告されていません.第2相試験の結果に問題がないと確認されれば,今後第3相試験に進めます.第3相試験でも効果が確認され,かつ致命的な副作用がなければ実用化されます. 現在までの経過をみる限り,早ければ2~3年後に登場するでしょう.
トリプルアゴニスト
LY3437943の作用は,この図で簡明に説明されています.
チルゼパチド(『マンジャロ』)は,GIPとGLP-1の2つの受容体を活性化する薬剤でしたが,LY3437943はそれに加えて なんとグルカゴン受容体まで活性化するというのです. 3つの受容体を同時に活性化するので,三重受容体活性化薬(トリプルアゴニスト:Triple Agonist)です.
通常グルカゴンの作用についてはこう説明されています.
グルカゴンとはヒトの体の中で作られる、血液中の糖分(血糖値)を上げる強力なホルモンです。
『糖尿病の薬なのに,血糖値を上げるグルコガンを活性化してどういうつもりだ,まるで逆ではないか』と思うでしょう.ところが結果を見ると以下の通りです.
動物実験ですが,投与量に比例して糖負荷試験での血糖値が低下しています.最大投与量では ほとんど血糖値の上昇がみられません.(グラフ右上は 血糖値曲線のAUC)
しかも 驚くのはLY3437943投与後のこの体重減少です.
なんとあのチルゼパチドよりも 更に体重低下効果があります.元の体重から40%も減量するとは,動物実験だからこそこんなことができるのですが,すさまじいほどの体重減少です.
もちろんこの激しい体重減少は 食欲低下による摂取カロリー減少がもたらしたものです. しかし.摂取カロリーと体重減少の推移を見るとこの通りで;
体重は4割近く減っているのに,摂取カロリーは2割ほどしか減っていないのです.つまり,『相対的には結構食べているのに,それ以上に痩せた』のです.
そこで 消費カロリーを見るとこうです.
消費カロリーは,まったく減っていませんでした.相変わらずよく動いたのです.
餌から得るカロリーは20%減っただけなのに,体重は40%も減った.そして消費エネルギーは減っていない.では,この差のエネルギーはどこから来たのでしょうか.もちろんそれは体内の脂肪を燃やしたのです.この記事で述べたように;
グルカゴンは人体の「総合的エネルギー調節」を司っているので ,摂取エネルギーと消費エネルギーにアンバランスが発生すると,体内の脂肪を燃やして その差を補うのです. まちがいなくこれは LY3437943のグルカゴン受容体刺激の効果によるものでしょう.
「GIPやGLP-1受容体は活性化するけれども,グルカゴン受容体は活性化しないセマグルチド」と,「3つの受容体すべてを活性化するLY3437943」とで,体重減少効果に大きな差があることはそれで説明できます.
定説は覆される
『グルカゴンは血糖値を上げる』 これが定説でした.しかし,GIP,GLP-1が活性化した状態では,グルカゴンは強力にエネルギー消費を促進し,それによって血糖値を下げ 体重も減らすのです.
定説・常識に従うことは もちろん間違ったことではありません. しかし,それは時としてあっさり逆転します.
正に 『信ずるものはすくわれる』のです.すくわれるのは足元ですけどね.
[続く]
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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