甲状腺がん、内視鏡手術導入へ―― ~母への思い~

 『早期の甲状腺がん
    内視鏡手術導入』――

今朝の新聞に載っていた記事だ

  ※2016年、甲状腺良性腫瘍、
   バセドウ病などで保険適用

   2018年、
   悪性腫瘍でも保険適用となるが、
   まだ手術できる施設が限られている

“がん治療は、どんどん進んでいる”と
実感する

がんは、昔は、
“大きく切除する時代”だった

乳がんに至っては、
大胸筋、小胸筋、乳腺、
乳房の皮膚ごと切除する、
“定型的乳房切除術(ハルステッド手術)”だった

胸が大きくえぐられるため、
外見も気になるだろう

胸筋ごとの切除になるので、
術後のリハビリも大変だったようだ

  私が20代の頃、
  アルバイトをしていた喫茶店のママ

  乳がんで、
  過去にハルステッド手術を受けていた

  術側の背中が凝るようで、
  いつも柱の角にグリグリ押しつけていた

  みんなで行った旅行にも
  温泉には入らず

  その頃、まだ“乳がん”という病気のことは
  よくわからなかったけれど、
  その後、まさか私が
  その乳がんになるなんて...

  でも遡れば、
  その頃すでに、小さな小さながんが
  私の左胸に寝床をつくっていたのだろう

母が患った甲状腺がんは、
甲状腺を摘出するために、
首を大きく切開する

そのため、
首にネックレス状の傷が10cmほど残る

母はそれを気にして、
いつも首にスカーフを巻いていた

「大丈夫だよ。傷、目立たないよ」

そう言っても、
本人はかなり気にしていたようだった

その母が亡くなったとき
旅立ちの衣装として、
母が亡くなる直前に着用したドレスを着せた

少しターコイズがかった、
鮮やかなブルーのドレスだ

が、着せてみると、
襟ぐりが大きく開いて傷が丸見えだ

「なにか首に巻くもの、ないか?」

父が私に聞く

「お母さん、いつも傷を気にして
 首にスカーフ巻いていたからなぁ...」

と、少し狼狽えている

傷もそうだが、
チアノーゼ(皮膚が青紫色になること)が
けっこう衝撃的だった

棺のまわりにいた親戚のひとりが、
私を見て、

「りかちゃん、
 首に巻いているそのストールは?」

私も一瞬、そう思った

ほかの親戚たちからもそんな声が上がった

『でもこのストールは、
 このドレスには合わないなぁ...』

頭を巡らせた

『あ、そうだ!!』

私は素早く胸に手を入れた

取り出したのはハンカチ

切除したおっぱいのブラジャーに
挟んでいたものだ

その花柄のハンカチをパッと広げ
くるくると丸めて形をつくり、
母の首に巻きつけた

「あら、いいじゃない」

と、親戚から声が上がった

「そのハンカチ、どうしたの?」

「おっぱいに詰めていたハンカチなの」

「じゃあ、りかちゃんの汗つきだね」

そう、私の愛用のハンカチ

肌触りがやわらかくて、
これだけは
手術をした皮膚に触れても痛くなかった、
お気に入りのハンカチだ

母と一緒に、あっちの世界へ

「きっと母も淋しくないよね」――

今回の新聞記事を読んで、
そんな、過去のことを思い出した

手術の傷は気になるもの

私は、身体の前面は、

  ○お腹の右に
   4~5cmの虫垂炎の手術痕

  ○下腹部真ん中、上下に、
   10cmの子宮筋腫摘出手術の傷

  ○左乳房に、
   乳輪に沿って4~5cmの
   外科的生検の傷あと

  ○左乳房に、
   外科的生検の傷痕から数ミリ下に、
   乳房温存術の痕

  ○左乳房に、
   乳房切除術のために入れた、
   色素注入の針痕が約20個

  ○左のわきの下に、
   7~8cmの腋窩リンパ節郭清の傷

...と、傷だらけだ

  これから両股関節にも
  傷が残るかもしれない

手術後の痛みや体力の回復を考えると、
傷は小さいに越したことはない

これからの医療の進歩に期待だ

  本当は、がんの完治

  もっと簡単な治療
  (治療費が安ければもっといい)

  そして、副作用のない治療に
  期待したいのだが...

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Source: りかこの乳がん体験記

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