糖尿病の精密数理モデル[4]

健康法

糖尿病の発症を 個人ごとに予測するコンピュータシミュレーションプログラムを PWC(プライスウォーターハウスクーパース監査法人)が発表しました. これまで この種の研究は 多数ありましたが,どれも実用化の声を聞かないことからわかるように,モノになったものは一つもありません.

それらが日の目を見なかったのは,もちろん 『予想がまるで当らない』からなのですが,PWC社は『既存の試みがうまくいかなかったのは,人体の糖尿病に直接関連する部分だけを見て,人体全体を見ていなかったからだ』とこの文献の序文で述べています.

Sarkar 2018

つまり,こういうことです. 人体の中で常に行われている生化学反応は 生化学の教科書をざっと眺めただけでも,数百万以上もあります.しかもそれらはごく一部です.人類に未知のものももっとあるはずです. これら無数の生化学反応が常に微妙な平衡に達しており,それによって人体の恒常性(ホメオスタシス) [PDF]が成立しています.

その様子はこのモビールに例えられます.

Alexander Calder 1953 Double Gong
(C) San Francisco Museum of Modern Art

ゆらゆらと揺れる このオブジェのどれか一片でも(たとえそれが 一番右端にある小さなピースであっても)取り去れば,たちまち全体のバランスが崩れてしまいます. 人体は このモビールのように『釣り合い』=バランスで成り立っているからです.

したがって,PWC社は,この『糖尿病発症を予測するプログラム』を開発するにあたり,一部ではなく,人体全体をシミュレーションして,その結果 血糖値がどうなるかを予測したのです.

それがどれほど従来の考えと異なるのか,(文献に詳述されている全貌は とても紹介しきれませんので)その一部だけでも見れば明らかです.

HOMAと比較すると

現在でも糖尿病の病態を判定する目安として,HOMA-βHOMA-IR が使われています.
これは血糖値の変動に直接関与する臓器(膵臓,脳,肝臓,腎臓,筋肉・脂肪)の間で,インスリンとグルコース(=ブドウ糖)のやり取りの結果,血糖値がどの値で平衡に達するかを計算で求めたものです.

HOMAのモデル

HOMAでは,筋肉や脂肪組織は ただインスリン量に応じてグルコースをとりこむだけの受動的な存在としかしていません.
それに対してPWC社のプログラムでは,たとえば筋肉・組織だけを見てもこのように詳しく機能を解析しています.

Sarkar 2018

なお,ここで筋肉・組織とあるのは狭義の筋肉(運動筋)だけを指しているのではなく,平滑筋などの内臓筋なども含めたすべての筋肉であり,そして組織とは膵臓・肝臓・腸・脂肪組織以外のすべての内臓(脳,腎臓,胃,心臓など)も含めています.

内容を見ると,例えば 食物から摂取した 蛋白質が消化・吸収されてきたアミノ酸から 臓器組織を合成したり,逆に老化した組織が分解されてアミノ酸に戻ったりという動作まで忠実に計算に組み入れています.

注目すべきなのは,これらがコンピュータ計算だとは言っても架空の値ではなく,ここで 採用しているデータは実測値をベースにしているのです. どの計算にどの実測値を用いたかは,上記論文及び 補足資料(Supplement)の引用文献に示されています.膨大な資料です.

Sarkar 2018

PWCモデルのほんの一部にすぎないこの図を見るだけでも,糖尿病を『インスリンと血糖値だけ』で考えることが いかに浅はかなことかがよくわかります.糖尿病はそんな単純なものではないのですから.

[続く]

Source: しらねのぞるばの暴言ブログ

コメント

タイトルとURLをコピーしました