≪私の記録 310≫ 乳がん患者、働きに出る ①

    2010年11月17日(水)

『第22回 がんサロン』の日

今日のサロンは、スタッフは、
サロンを立ち上げた
ソーシャルワーカーさんしかいなかった

いつもは看護師さんが数人、
必ず来ている

こんなことは初めてだ

さすがに22回目ともなると、
「もう患者でやってくれ」
という感じだろうか

それでなくても看護師さんたちは
本業で忙しいからなぁ...

「この先の人生に
 なにがあるのだろう...」

と、ふと思った

たとえば10年後

子どももいないし、
私は独り淋しく過ごしているのだろうか

“子どもが成長していく楽しみがない”って、
人生の中で考えたこともなかった

“子どもを産むのは当たり前”だと
思っていたから

    2010年11月18日(木)

勤務初日

飲食店にもかかわらず、
お昼さえ出ない...

長年、外食に携わってきたが、
通常は賄いが出る
(給料から天引きされる会社もあるが)

驚きだ...

当然、休憩時間もない

こんなんじゃ、身体がもたない

それでなくても今の私は、
食生活に難があるというのに

そう、
10月22日の金曜日以来、
未だに私は“家庭内サバイバル”状態

両親とは
なるべく顔をあわせないような生活を
続けている

今の私の状態で、
「出ていけ!!」と云われたということは、
もう棄てられたも同然

私自身は、勘当されたと思っている

この心の傷は、きっと消えないだろう

親に棄てられる――

切なく哀しい現実だ...

いや、子どもの頃に、
「あんたなんか産まなきゃよかった」と
云われたこと自体、
すでに棄てられたも同然なのだが...

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Source: りかこの乳がん体験記

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