一般向けに医者の仕事を解説した本「ほんとうの医療現場の話をしよう」。
この中にとても重要なことが書いてあった。
「医師は対人サービスとしてはかなり特殊な部類に属する」。
それは医者が接する顧客の属性は、普通の接客業と比べて大きく偏っているということである。
病気になりやすい人が医療サービスを利用することの方が多いですから、結果的に医師が日々接する患者さんの属性はそれなりに偏りがあります。
今回は医者が接する顧客について書いてみる。
顧客の偏り
医療サービスを利用することが多いのは病気になりやすい人。
それは「高齢者」と「健康に対する意識があまり高くない人=生活レベルが低い人」である。
健康に対する意識があまり高くない集団はというと、生活にあまり余裕がない層となります。所得レベルが低い人も多い。
つまり医者が接することが多いのは、高齢者と生活レベルが低い層ということになる。
- 高齢者
- 生活レベルが低い層
彼らはこれまでの生活圏にはいなかった人たち。
患者さんの多くは医学部受験生の生活圏には居なかった人達
そして医者になる動機が「人と関わるのが好き」や「困った人を助けたい」だった場合はショックを受ける可能性が高い。
頭の中の患者像と実際の患者はまったく違うからである。
人と関わるのが好きだからという類の動機で医師を志す方がいらっしゃいますが、その動機はもうちょっと突き詰めて考えたほうがいいかもしれません。
その人というのが家族やお友達といった気の合う関係の方々の事を想定されているのだとしたら、医師になってから色々と苦労するかもしれません。
イメージの中の患者とは、文化圏が通じあい、意思疎通が可能な人たち。
しかし実際には、困っているのは確かでも、共感できず嫌悪感を抱くような患者もいるということである。
医療とは相手がどんなに人として尊敬できない、あるいは共感できない人であっても、常に最善を尽くさねばならない仕事です。
大嫌いな人や許されざる罪を犯した人に対して、あなたは救いの手を差し伸べられるでしょうか。
実際に、クレームだけがコミュニケーションの手段…というような人も少なくない。
そんな嫌悪感を抱くような人に対して、はたして「困っている人を助けたい」という気持ちだけで仕事を続けることができるのだろうか。
弱者の格差問題
ボランティアの世界では、「救われやすい弱者と救われにくい弱者がいる」という弱者の格差問題があるそうだ。
近所を徘徊するホームレスと、遠いアジアやアフリカの貧国の恵まれない子どもたち。
人はどちらにお金を届けたくなるなるだろうか。
多くの人は恵まれない子に対してお金を届けたいと思うだろう。
つまり、かわいそうに見える要素をどれだけもっているかで、救済の優先順位が決まるのである。
矛盾社会序説では、それを「かわいそうランキング」と呼んでいる。
弱者にカテゴライズされる対象であっても、人は優劣づけながらやさしさを分配している。
弱者救済の優先順位は、世間にかわいそうだと思ってもらえる要素をどれだけ持っているかの序列、すなわち「かわいそうランキング」によって支配されている。
かわいそうに見えない弱者=かわいそうランキング下位の人たちを見ると
助けたいという気持ちが湧かないばかりか、「こうなってしまったのは自己責任なのではないか」と感じてしまうことすらある。
かわいそうランキング下位の者たちは、社会のエアポケットに捨ておかれ透明化されてきたのだ。
かわいそうランキング下位である人びとの姿を実際に目の当たりにすると、しばしばかわいそうでないような気がすることがある。
ともすれば「こうなってしまったのは当人の責任なのではないか」と感じてしまうことすらある。
これは医者が接する顧客にも共通する問題となる。
「困っている人を助けたい」という思いから医者になった人は、「かわいそうな人を助けたい」という気持ちだったはず。
しかし医者の顧客の多くは「かわいそうに見えない弱者」なのである。
解決策はあるのか?
「困っている人を助けたい」という気持ちだけでは医者はやっていけない。
それではどうすればいいのか。
「ほんとうの医療現場の話をしよう」の中では、高い職業意識で乗り越えるべきと書かれている。
ノブレスオブリージュである。
医者は社会に貢献することが求められる存在と自覚せよ。
かわいそうランキング下位の人たちこそが医者が救うべき存在なのだ、と。
医師は医療福祉分野におけるエリートです。エリートとは選ばれし者であり、尊敬や高収入が担保される代わりに、社会に対して貢献することが求められる存在であります。
現代日本において、医師は治療対象を選ばずに国民を健康にする事が求められる職業です。
真に豊かな社会というのは、すべての構成員が自由に安心して幸福を追求する権利が保証されたものでなければなりません。
まとめ
今回は医者が接する顧客について考えてみた。
かわいそうに見えない弱者の問題が書かれていることは少ないので価値がある本だと思う。
自分はそんなに「困っている人を助けたい」という気持ちを持っていたわけではなかったが、多少の使命感みたいなものはあった気がする。
しかし実際に仕事を始めてみると、自分の常識では考えられないような人たちと接することになる。
そのたびにカルチャーショックを受け、傷つき、使命感は薄らいでいった。
そんな不快な気持ちにさせられる人こそが、我々が救うべき存在なのだ…と考えるのが正しいのだろう。
しかし自分のような低俗な一般人には難しい。
ニヒリズムに浸り、割り切って淡々と対応していくしかないのでは…と「王の病室」を読んで思ったりもした。
「医者は凡百の技術職の一つにすぎない」
「たかが医者なんて必死こいてやるもんじゃねえ」
(「王の病室」1巻より)
Source: 皮膚科医の日常と趣味とキャリア
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