“ひとの死”なんて、呆気ないものだ...。

“ひとの死”なんて
呆気ないものだ...

死を知ったときの驚き

空白になる頭

空虚でいっぱいになる心の中

と、同時に、

「なぜ...」

という想い

ふと気づけば、
いつしかその驚きは嘆きに変わり、

空白になった頭の中は
哀しみが占拠してゆく

そして空虚な心の中は
涙で埋めつくされ...

時が経つとともに
深くなってゆく哀しみ――

母の四十九日のときだった

お坊さんの
こんな説教を聞いたことがある

「亡くなったときはバタバタと
 哀しんでいる暇はない

 でも日が経つにつれ、
 その哀しみは増していくものです」

と...

まさにその通りだった

“亡くなって、
 時間が経てば忘れていくもの――”

だと思っていたのに、違っていた

2週間、1か月...と、
時が経つほどに、

「ここにいたはずの母はいない」
「ここで一緒に話をしていた母がいない」

「母の笑顔ももう見られない」
「母の声を聴くことももうない」

そんな淋しさが増していった

心が癒されていくのは、
もっともっとあと

1年...

3年...

5年...

いつかは哀しみは薄らいでゆく

時間は哀しみをやわらげてくれる

母が亡くなって9年5か月

“母がそこにいない”ということが
当たり前になって――

  テレビを点けると、
  どうしても彼女の死の話題を目にする

  もう見たくないよね

  彼女が亡くなったのは金曜日

  今日は月曜日なので、
  情報番組で放送するのは仕方がない

  彼女のことは
  今日で終わりにしてほしい

  昔、
  妹とよく観ていた彼女のドラマ

  歌も好きで、
  CDを借りて2人でよく聴いた
  (買わなかったんか~い)

  金曜日に知った彼女の死

  そのときは驚きと、
  「なぜ?」「どうして?」の
  疑問しかなかった

  が、一日一日経つごとに、
  その現実が圧しかかる

  「あぁ、本当に
   いなくなってしまったんだ...」

  過去の映像は、
  時に残酷に映る

  が、それは永遠に遺る彼女の姿だ

  残念で仕方がない...

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Source: りかこの乳がん体験記

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