過去に生きる中国人

それも捏造された過去、、ですね。
中国人の移民や永住許可はナシです。

2月20日、広西チワン族自治区防城港市で、
ある車の所有者が自分の車に日本の無条件降伏を描いた絵を貼り付けた。
 動画が公開された後、ネットユーザーはライブチャットで「近づかないように」や「HarmonyOSシステム:
コメント欄の鋭い目を持つネットユーザーは「これは日産の『NV200』ではないのか?」と指摘した。

中国共産党軍(毛沢東軍)って日本が協力して国民党軍(中華民国・台湾)と戦っていましたね。

「日本軍が蒋介石の国民党軍を叩いてくれたおかげで、共産党が力を蓄えて勝利できた」

毛沢東は日本に感謝していると発言したと言われている。

1972年、田中角栄首相との日中国交正常化交渉にて
田中首相が謝罪した際に「謝る必要はない。日本のおかげで共産党は勝利した」といった主旨で、感謝を述べたとされています。





 9月1日のコラムで<台湾で機密解除 抗日戦争戦場での手書き極秘報告集が暴く「中共軍と日本軍の生々しい共謀」記録発見>と書いたが、この機密解除された同じ記録から、抗日戦争中、中共軍は日本軍と水面下で「不可侵条約」を結んでいたことが判明した。記録の時期は1940年12月。

 また、7月10日のコラム<習近平、BRICS欠席して抗日戦争「七七事変」を重視 百団大戦跡地訪問し「日本軍との共謀」否定か>で、毛沢東が上海にある日本の外務省管轄の岩井公館に潜り込ませたスパイ藩漢年に「華北一帯における中共軍と日本軍との停戦」を依頼していたことを証拠物件となる図表付きで示した。それを証明するかのように、台湾の軍事機密資料の中の一つには「江蘇省一帯における中共軍と日本軍の間の不可侵条約が結ばれていた」ことが記録されている。

 ふしぎなのは、その現象の一つとして「中共軍が日本軍の代わりに綿花を購入運搬し、その見返りに日本軍から弾薬を贈ってもらった」と書いてあることだ。

 なぜ――?

 当時、日本軍は軍需製品の一つとして中国の農家に強制的に綿花を作らせ、華中の生産量の92%を日本が購入していた。それなのになぜ日本軍が自分で購入運搬しないで中共軍に購入運搬させたのか?

 唯一考えられるのは、中共軍が「見返りの弾薬が欲しいために、積極的に日本軍の手伝いをすることを申し出た」ことだ。岩井公館における藩漢年のスパイ行動から見ると、そういうことしか考えられない。

 悩みに悩んだ末に、遂に見つけた。

 今年5月に中国政府のシンクタンク中国社会科学院の研究者が、「1940年初頭、蒋介石が中共軍への弾薬配給を停止したために、中共軍は激しい弾薬不足に追い込まれていたこと」を書いている論考を発見したのである。理由は「国共合作をしているのに、あまりに中共軍が国民党軍を攻撃ばかりしてくるから、蒋介石が激怒したから」だが、その事には論考は触れていない。中国政府側の論考なので、言えないだろう。

 しかし国民党側の軍事機密記録には、「中共軍が日本軍とは戦わずに日本軍と結託ばかりして、国民党軍への攻撃に集中している」事実が、至るところに書いてある。蒋介石としては「自分を攻撃させるために中共軍に弾薬を配給する」というようなバカげたことを続けられるわけがないと判断せざるを得ない。





取り敢えずこの辺で。
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Source: 身体軸ラボ シーズン2

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