ほんのり寒い午前6時
気温は+2.8℃だが、
これでも平年より4℃ほど暖かい
そんな朝
カーテンを開けると
雲が美しい模様を描いていた
刻一刻と変化していく雲
今日の夜は、雨か雪の予報通り、
空が泣き出す前触れのようだ
*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜
がんになると、
事あるごとに考えさせられる、
『どこで最期を迎えたいか』問題
自分の希望と現実は
必ずしも合致しないことも多いようで...
2022年、厚生労働省が実施した、
国民の意識調査
『治る見込みのない病気になったとき、
どこで最期を迎えたいか』――
【希 望】
①自 宅・・・43.8%
②病 院・・・41.6%
③介護施設・・10.0%
意外と「病院」と答えた人が
多いんだな
【実際に亡くなった場所】
①病 院・・・64.4%
②自 宅・・・16.4%
※2024年のデータ
やっぱり希望と現実は
大きく違うね
11年前に亡くなった母
母本人には
余命は告げられてはいなかったが、
「家にいたい」と言っていた
いよいよ体調が悪くなり、
ごはんも食べられず、
「こわい」「こわい」と、
テーブルに突っ伏しながら
本当につらそうにしていた
※「こわい」とは、
北海道弁で“しんどい”、
“つらい”という意味
「もうダメかもしれない」と
口走った母
その言葉を聞いたとき、
死期を悟られてはいけないと、
「病院に行こう。
点滴してもらったら楽になるよ」
そう母に言ってみたが、
「病院には行きたくない」の一点張り
「病院に行ったら、
もう戻ってこられない」と...
「今、ごはんも食べられないし、
病院で点滴してもらって
ゆっくり横になって休んだら、
また前のように退院できるよ」
母は一度緩和ケア病棟に入院したが、
体調が回復し退院した経緯がある
そしてそのまま一晩、様子をみた
翌日の朝、父から電話が来た
「お母さん、“入院する”って」
あれほど「病院に行きたくない」と
言っていた母
なのに入院を決めたのは
相当しんどかったのだろう
「あと1週間だと思ってください」
母が2度目の緩和ケア病棟に入院したとき、
医師からそう告げられた
が、母はその日の深夜、亡くなった
長年、住み続けた家
住み慣れた我が家
家族とともに暮らした家
「家にいたい。
病院には行きたくない」
そう言い続けていた母
が、結局亡くなったのは病院だった
希望は理想であって、
現実になることは難しい
私は、以前から言っていた、
「死ぬなら病院がいい」
というのは今も変わらず
自分の家を持っているわけでもない
子どもがいるわけでもない
「最期まで家族と一緒に、
このリビングで...」
という希望はまったくない
病院で、
看護師さんたちにお世話をしてもらいながら、
医療の力を借りて
静かにあっちの世界に旅立てたら、
それが私の理想かな...
「“子どもがいない”って、
生きているときも死ぬときも、
ある意味自由だな」
ふと、そう思った
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Source: りかこの乳がん体験記





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