...ということで、
意外と古い“がん”の歴史
当然、当時は
“がん”ということはわからない
診断するすべはなかった
☆きのうの記事、
『“がん”ってなんですか?
~がんの変遷~』は下記へ
ではいつごろから
“がん”と診断されるようになったのか――
○紀元前3000年頃
古代エジプトには
腫瘍の記録が残されている
(“がん”と診断する手段はなし)
○紀元前400年頃
古代ギシャのヒポクラテスは
“悪性腫瘍”を区別していたが、
その原因も診断も曖昧だった
ヒポクラテスとは――
古代ギリシャの医師で、
『医学の父』と言われている。
それまで呪術的だった医療を排除し、
観察と経験に基づく科学的な
西洋医学の基礎を築いた。
また、患者の自然治癒力を重視し、
『ヒポクラテスの誓い』に代表される、
“医師の倫理規定の祖”でもある。
見た目で判断するだけで、
がんの検査法もなければ
がんかどうかもわからなかった時代
○1761年
~病理解剖による
“がん診断”のはじまり~
イタリアの病理学者、モルガーニが
解剖で臓器の変化とがんを結びつけた
これにより、
・腫瘍の種類
・どの臓器にどう広がるか
・がんとほかの病気の違い
これらが医学的に理解されじめた
まさに、
“がんを診断できるようになった、
最初の年”
○19世紀
~顕微鏡で
がん細胞が見えるようになる~
・顕微鏡技術の発展により、
細胞レベルの診断が可能になる
・1863年、ヴィルヒョウが
炎症とがんの関係を発見
ようやく「これはがん細胞だ」と
言える時代に突入
が、まだ“死後の診断”のレベル
ヴィルヒョウとは――
ルドルフ・ヴィルヒョウ(1821~1902)
19世紀ドイツの医学者、
病理学者、政治家。
「近代病理学の父」や
「社会医学の創始者」と称され、
“細胞病理学
(すべての細胞は細胞から生じる)”
という理論を確立
現代医学の基礎を築いた、
極めて重要な人物
・細胞病理学の確立
病気は全身の不調ではなく、
細胞レベルの異常から
起こることを証明した
・白血病の命名
初めて白血病を発見、
定義した
・ヴィルヒョウの三徴
血栓症の原因となる、
“血管壁の異常”、“血流のうっ滞”、
“血液凝固能の亢進”という、
3つの要因を提唱した
・多彩な活動
病理学だけではなく、人類学、
考古学、政治家としても活動
ベルリンの衛生環境改善に
貢献した
○20世紀
~画像診断の登場で
“生きている人のがんが見える”時代へ~
1895年、レントゲンがX線を発見
その直後から腫瘍の診断に
使われるようになる
その後、CT、MRI、PETへと進化
ここで初めて、
生きている人間の体内のがんを
見て診断できるようになる
【まとめ】
がんは古くからあったが、
“がん”と診断できるようになったのは
高々260年の歴史しかない
こうして
発見をしてくれた人たちがいるからこそ、
今の医療につながっている――
そう思うと、
なんだかありがたく思えてくる
その一方で、
未だすべてが解明されていない“がん”
がんの未来に“完治”はあるのか――
【私のこと】
明治生まれのじいちゃん
私が生まれる前に、
すでにこの世からいなくなっていた
母の話によれば、いつも
「足が痛い」「足が痛い」と
布団から出られなかったそうだ
「昔だからわからなかったけど、
じいちゃん、きっとがんだったと思う」
と、母は言っていた
病院にも行かず、
行ったとしても診断されず...
もちろん、治療もなく、
悪化していくだけだったのだろう
その先にあるのは、“死”――
今でも恐ろしいが、
当時は本当に、
がんは恐ろしい病だったのだろうな
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Source: りかこの乳がん体験記


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