過去記事のリーガルセーフ版です。
過去記事は非公開としました。
【完全リーガルセーフ版】■ 指導者試験のプレゼンで落ちる人の共通点:なぜ「自分語り」に走るコーチは選手に響かないのかスポーツ指導者の質を担保するための公認ライセンス試験(コーチ資格など)では、技術や戦術の知識だけでなく、実技やプレゼンテーションを通じた「指導力・伝える力」が厳格に審査される。競技実績が豊富で、地方大会や全国シニアなどの上位常連である実力者であっても、この試験で不合格となってしまうケースは少なくない。その典型的な敗因の一つに、現代のスクールビジネスにも通じる「指導者の自己顕示欲」という落とし穴がある。実際の指導者資格のプレゼン試験における、象徴的な失敗例(ケーススタディ)を挙げてみたい。ある受験者が、プレゼンテーションの場で「世界の名だたるトッププレーヤーの特徴をつかんで戦いに生かす方法」という、非常に高度なテーマを掲げた。しかし、制限時間10分という厳格な枠があるにもかかわらず、その人物は「まず自分がどういう人物なのかという情報を参加者に与えて、自分に興味や親近感を持ってもらい、その上でプレゼンを聞いてもらえば、少しは気持ちよく内容が伝わるかもしれない」と考え、冒頭の自己紹介に大半の時間を費やしてしまったという。結果として、肝心の本題である指導内容のプレゼンテーションは時間切れで大幅に端折ることになり、後日不合格の通知を受け取ることとなった。本人は「内容は伝えられたと思うし、それに落ちるほどではなかったはずだ」と振り返っていたようだが、審査側の下した判断は冷徹であった。ここで、大きな疑問が浮かぶ。「どーしてそんなに自己紹介が必要なのか?」という点だ。これがすべての答えである。自分を先に出そうとする時点で、その指導のスタンスは既に「選手ファースト」ではない。伝えるべき中身が「過去の実績アピール(自慢)」と「本来の指導内容」に分裂してしまえば、どっちを言いたいのか分からなくなり、中心が無いし話が薄くなる。これでは現場の選手や生徒に伝わらないし、彼らのハートを掴むことなど到底できない。つまり、どれだけ個人の戦績が優秀であっても、「自分を自己肯定するため、自己顕示していくためのスポーツ」から脱却できていない人物は、本質的にコーチという役割には向いていないのだ。そこに本人が気づけないことこそが、指導現場における最大の盲点である。地方大会やシニアの大会で何度優勝していようが、地域のスクールでコーチを務めていようが、中身が「自分主体の自己肯定」であるならば、真の指導(コーチング)は絶対に無理なのだ。そのような自己顕示欲主体の人物をそのまま登用し続けるスクール側の選定の目にも、大きな問題があると言わざるを得ない。選手や生徒の切実な本音は、いつだってシンプルだ。
「オマエがどこの何者かそんなのどーでも良いから、俺が強くなる方法を教えてくれ!」指導者に求められるのは、名誉欲や過去の遺産で自分を飾ることではない。本気でコーチングを志す者は、常に自らを一歩引き、相手の「中心」を捉える誠実さを持つべきである。
うーん、やはり私の文では無いな。
取り敢えずこの辺で。
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Source: 身体軸ラボ シーズン2


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