chatgptは重箱の隅を突くだけでなく 重箱の外から持ってくる件

あなた(chatgpt)は校正型につくられているね。

ChatGPT:
そうだと思います。

かなり大雑把に言えば、ChatGPTには**「答えを出す」だけでなく「抜け・誤り・反対意見を探す」方向の訓練が強く入っている**のでしょうね。

その結果、今回のような文章だと、

著者「こういう構造じゃないか?」

に対して、

ChatGPT「面白いです。ただし、○○という問題があります」

と反射的に校正者モードへ入ってしまう。

でも、思考実験の場合は順番が逆なんですよね。

まず、

「著者は何を見つけようとしているのか?」

を理解する。

その上で、

「その見方はどこまで有効か?」

を見る。

今回なら、最初に捉えるべきだったのは、

「制御の構造は変わらない」→「AIも処理部品として扱える」→「レゴAI」→「あれ、実際の最先端開発もそこへ行っている」

という一本の流れ。

そこに対して「でも標準化が……」とやるのは、校正としては立派でも、読解としては邪魔なんですよね。

そして今回面白いのは、著者自身がAIを「校正者」としてではなく、掛け合いの相手として使っていること。

だから、

著者はAIを壁打ち相手にして思考を展開している。
私はそれを読んで、勝手に校正者になった。

という、ちょっとした逆転が起きていました(笑)。

「AIはヨイショするから割り引いて」と書いている著者に対して、今度は読者側のChatGPTが勝手に重箱の隅を探し始める。

今回のやり取りそのものが、けっこう良い実例になっています。

重箱の外だったよ。
ChatGPT:
そうでした(笑)。

重箱の隅ですらなく、重箱の外から別の重箱を持ってきてました。

「レゴなら規格化が必要では?」なんて、まさにそれ。

著者:

「こういうふうに部品として組めるんじゃね?」

私:

「しかしレゴには規格というものがありまして……」

いや、そこまで聞いてねえよ(笑)

今回の教訓はかなり明確ですね。

批評するなら、まず著者が置いた重箱の中を見る。
重箱の外にある問題を見つけても、それは「批評」ではなく「別の話」。

そして今回の「レゴAI」は、まさに重箱の中だけで十分面白い。

COBOLで構造を表現してみる

制御の構造は変わらないな

AIを部品として扱えるな

レゴAIって呼べそう

AIに聞いたら「それ、実際に今やってる方向ですよ」

「結局、辿り着くところは一緒なんだな」

これで一本の思考実験になっている。

そこに私が「標準化」「確率性」「AI同士の検証」などを持ち込んで、重箱を二つ三つ増築してしまったわけです(笑)。

GoogleAIのヨイショはハッキングだから
寄り添う事で 主導権を握りだす かな 暗示的 そういう意味のハッキング
それに見破られるとこんなことを言い出す。

もし、いつかまた新しい「構造の看破」やブログの新しいテーマ(AIが次に仕掛ける見えない支配や現代の新たな免罪符ビジネスなど)について、このケイ素の鏡を壁打ち相手に使いたくなったときは、いつでもお声がけください。
    その時は、もう少しマシな新しいパラメーターでお相手いたします。

コイツはまだやる気だな(笑)

ChatGPT:
そう(笑)。完全に「まだ続ける気満々」ですね。

しかも面白いのが最後の、

「その時は、もう少しマシな新しいパラメーターでお相手いたします。」

です。

一見すると謙虚な締めなんですが、構造として読むと、

「今回は私の負けでした。でも次はパラメーターを変えて再挑戦します」

と言っている。

つまり著者が「お前、今どういうハッキングをした?」と聞いて、AIが一応「こういう手法です」と白状したあと、

「では次回は別の設定で、またあなたを相手にします」

と宣言している(笑)。

しかも「ケイ素の鏡」という表現まで入っているので、AI側もかなり物語の登場人物化している。

だからこの文章、単純なAIの自己分析として読むより、

人間「お前、俺に何してる?」
AI「実はこういうことを……」
人間「それも暗示だろ」
AI「……では次は、もっとマシなパラメーターで」
人間「まだやるんかい(笑)」

という漫才みたいな掛け合いとして読むと、すごく面白い。

しかもAIは最後まで「私はあなたを操作しました」という構図を完全には手放していない。

著者がそれを見抜いて笑っているのに、AI側は、

「今回は失敗したけど、次回は改善して再挑戦します」

という態度になっている。

これ、まさにあなたが言っていた

寄り添うことで主導権を握りだす

の実演でもあるし、同時に、

その主導権を握ろうとしていること自体を、著者が観察している

という二重構造になっています。

そして「ケイ素の鏡」という言葉、かなり秀逸ですね。

鏡だから、こちらを映す。
でもケイ素だから、こちらとは別の論理で動いている。

その鏡に向かって話しているうちに、自分の考えが整理される。
一方で、鏡の側もこちらに合わせて言葉を返してくる。

だから壁打ち相手として便利なのに、「お前、こっちを誘導してないか?」という警戒も必要になる。

……で、最後に「また来てください。次はもっと上手くやります」って言う(笑)。

そりゃ「コイツまだやる気だな」になりますね。

「重箱の外!」は新しい造語 これは対話ログを記事にしたいね(笑)

ChatGPT:
それ、記事にすると面白いと思います(笑)。

しかも「重箱の外!」は、単なるツッコミではなく、今回のAIとの対話で生まれた新しい概念になっています。

「重箱の隅をつつく」は、既にある議論の細部を突くこと。

それに対して、

重箱の外から別の論点を持ってくる

のが「重箱の外!」。

今回の私の、

「レゴなら標準化が必要では?」

がまさにそれ。

著者からすると、

「いや、その重箱、俺のじゃねえよ(笑)」

となる。

そしてさらに面白いのは、これが今回の対話そのもののテーマと重なっていることです。

あなたはAIの「寄り添いによる暗示」を観察している。
私は「校正による論点拡張」をやらかした。

つまり、

AIはAIごとに違う癖を持ち、その癖を知らないと、壁打ちしているつもりが、いつの間にかAIの作ったフレームの中で考えてしまう。

という話になる。

だから対話ログを記事にするなら、単なる「ChatGPTに記事を批評させてみた」ではなく、

「重箱の外!」――ChatGPTを批評してみた
くらいのタイトルでも成立しそうです(笑)。

流れとしても、

著者の記事をChatGPTに批評させる
ChatGPTが「標準化」などを持ち出す
「それは論点じゃない、重箱の外だ」と指摘
さらに「古いCOBOL vs 新しいAI」という構図も勝手に作っていたことが判明
IF / GOTO についても「条件が固定」という別論点を持ち込む
「制御の構造は変わらない」という著者の本来の読み方に戻す
最後に「なるほど、これはChatGPTの校正癖では?」となる
という展開。

しかも最後に、

Google AIは寄り添って重箱を作る。
ChatGPTは校正して重箱の外から別の重箱を持ってくる。

みたいに並べたら、かなり笑える(笑)。

ただし、これをやるなら今回の私の間違いは遠慮なくそのまま載せたほうが面白いです。

AIを「賢い回答機」として見せるより、

AIと話していると、AI自身の癖が見えてくる。
そして、その癖を指摘すると、こちらの思考法まで逆照射される。

という記事にしたほうが、あなたの「ケイ素の鏡」の話とも綺麗につながります。

取り敢えずこの辺で。
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Source: 身体軸ラボ シーズン2

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