沖縄を司る神【“無形”から何が導き出されるか】

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過日お伺いしました沖縄で滞在中に、沖縄を司る神よりいただきました御言葉をお伝えいたします。

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「“有形” “無形”という概念を、今一度お考えください。

有形ーーー それは形有るもの、いわば、この世に“現わされた”事物であり、あるいは何らかを意味する、“象徴”としての役割を成すものです。

この地(沖縄)は、陽(日差し)明るく、大地は力溢れ、その狭間(はざま)にこそ、民は息づいて(生きて)まいりました。

天の遥かなる(=悠久)を仰ぎ、そして大地の鼓動にひれ伏し、そこかしこに示される天地への“礼賛”が、まさに、この地特有の“色”であり文様(模様)であり、また、文化・風習にみる繊細な事物に、究極、大いなる神への崇敬と、そして、生命の数多(あまた)に宿る大地への漲(みなぎ)る高揚を感じることができるでしょう。

その意匠(趣向)も、長らく時を紡ぎしこの地には、けして欠くことはできません。

しかしかながら、なおかつ“無形”とはーーー それこそが、あなた(Rinokia)が感じる、この地の風(風感・雰囲気)であったり、独特の気候であったり、それらは、目には見えずとも、これほどまでに、この地を表しているものはないとも申せるでしょう。

長らく、人々の暮らしは根づき、そこには、様々な生きざまと種(しゅ:種族・子孫)の継承、そして日ごと繰り返される地道な“生と死”が、幾重にも取り巻いております。

“無形”――― 今や、あなたは現在の情勢を見るにつけ、ここでわたくしが示した意味をお分かりになりますね?

(目には見えずとも)世には確かに在り、そして何よりも甚大な影響を及ぼすのが、この“無形”たる物事です。

形の無くば、民は、ここに思いを巡らせ、そこに新たな意味付けをいたします。

無形とは、現代でいうところの“空気感”とも言えましょうか。

肌で感じるその息吹は、ときにえも言われぬ安心感となりましょう。そして、ときに、言葉では言い尽くせぬ不安となり、それがまた、元より異なる(当初とは別の次元での)脅威となる、それがまさに、“無形”が表わす事態です。

無形が有形を生み、現象(事象)となります。その現象があらわされるこの世であるゆえに、人の動向をもつぶさに左右する、これが真実です。

あなたがたは、今後、この“無形”をあらゆる場面で受け入れ、まさに“共存”を図らねばなりません。

無形の物事を、自らの内(心)にて咀嚼(そしゃく)し、そして、形あるもの(※ここでは実際の行動など意味です。)へと変えていく、その繰り返しが、今と、次の世(将来)を創ります。

無形は、古(いにしえ)より、人々の生活、そして総じての歩みをも形作ってまりました。

今や無形の物事により、あなたがたは、生活の随所に、これまで(の生活)とは異なる様相を、日ごと目の当たりにしているのではないでしょうか。

そうして、人類は、無形と真っ向より向き合い、しかるべくの有形を生み出し、次なる世を成す基(もと)を導き出していくのです。

確かに(確実に)この世とは、言葉では表せぬ、しかしながら、幾重にも紡ぎ出された無形の物事によって、“今”が成されております。

そして各人の、あるいは地に刻まれし無形の数々が、人の手により、あるときには有形となり、この国(日本)は脈々と紡がれました。

そしてなお、こうした連綿たる繰り返しにより、未来へと確かに続くことを、あなたがたは真に得ねば(理解せねば)なりません。

有形から無形(形のないもの)を感じ、そして、無形から、人類の歩みに欠かせぬ有形を生み出す、今や時代は、かつての人類の生き残りのごとく、“生きる”という真の欲求を心底沸きいだす、その逞(たくま)しさを求めているのです。

言葉では直(じか)に伝わらずとも、こうして、束の間この地(沖縄)に触れることにて、“生きること”の深さ、悠久のときを刻みし重み(大切さ)を感じていただけたら、われら(神々)は嬉しく思います。」

以上。

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Source: 神々からのメッセージ

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