ここまでの記事で,
- メトホルミンはそのままでは水に溶けないので,溶けやすくするために「メトホルミン塩酸塩」となっている.通常のメトホルミン錠剤はこれが成分.
- メトホルミン塩酸塩は,水に溶けると,プラスの電荷を帯びた『メトホルミン陽イオン』(カチオン)と塩素陰イオン(アニオン)になる
- 腸管の表面細胞(腸絨毛上皮細胞)には,アノマロカリス のような「有機陽イオン輸送体1」(OCT1)が待ち構えていて,メトホルモン陽イオンを細胞の中に引き込む
というところまで話を進めました.
OCT1には個人差があります
ところで,そのOCT1は,遺伝によって個人差がある,という文献です.2015年に報告されました.
OCT1を作る遺伝子
すべての生命は,DNAにその設計図が収められており,特定の臓器,酵素,蛋白質...は DNAの指示通りに作られます. OCT1も例外ではなく,DNAに作成情報が書き込まれています.
この図の緑色の部分がOCT1の遺伝子(ゲノム)だとします. ここで,『H1』と表示していますが,これは遺伝子のパターンのことです.
実は人によっては,いくつかのパターンの違いがあることがわかったというのがこの文献報告です.パターンには『H1』から『H6』までの6種類があるようです.
もっとも多いパターンは『H1』で,『H6』は相当 希少なパターンです. 遺伝子は2対ありますから,一方が『H1』で,他方が『H3』ということもありえます.それぞれ親から受け継いだパターンが違っていたのですね.
非常にまれな例ですが,どちらも 『H1』ではないということもありえます.
ただし 『H1』が多数派で,それ以外は少数派ですから,すべての組み合わせを見ると,その存在比率はこうなります.
この文献で,こうした OCT1遺伝子の違いと,それを持つ人のメトホルミンに対する副作用の発生率とを照合してみると,
- H1/H1 つまりOCT1の遺伝子がどちらもH1であった人は,メトホルミンの副作用が少ない
- H1/H? 片方だけH1だと,メトホルミンの副作用が出やすい
- H?/H? どちらも H1でない人は,メトホルミンの副作用がもっとも多い
ということがわかりました.
OCT1の取り込み能力の差
以上のことから,H1遺伝子から作られるOCT1は,メトホルミン陽イオンの取り込み能力が高く,それ以外の遺伝子の場合は その能力がやや低いのだろうと結論づけています.メトホルミンの取り込みに手間取っていると,結果として腸壁表面のメトホルミン濃度が異常に高まり,これが胃腸症状の副作用(下痢,食欲不振,腹痛,嘔吐,腹部膨満,胃炎,便秘,放屁増など)を起こしていると推定しています.たしかに遺伝子の組み合わせの存在比率と副作用発生比率(= 程度の軽いものも含めれば,約30%) とはよく似ています.
『メトホルミンとは相性の悪い体質の人もいる』とは,よく聞く話ですが,「体質」などというあいまいな言葉ではなく,遺伝的素質であるとすれば納得できるところです.
[5]に続く
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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