“あした”が来ないことを願った日――。

まもなく、
母が亡くなって5年を迎えようとしている

ようやく母がいないことが“普通”になりつつあるのは、
“気持ちも少し落ち着いてきた”という証か

が、やはりこの季節が来ると、
あの頃の記憶が蘇ってくる

それは、
まるでドラマのような余命の告知であった

覚悟していたとはいえ、
それが現実となると、夢の中にいるような感覚だ

乳がんになったとき、
朝になるのが怖くて、

「あしたは来るのだろうか...」

と、毎晩思った

が、母の余命を知ってからは、

「このまま時間が止まってほしい」

そう願った

“あした”という日が来ることが憎かった

世間は“普通に”生活をしている

仕事に行き、
友人と楽しく笑い、

一家団欒で食卓を囲み、
次の休日を楽しみに待つ――

が、母には、もう“次”がない

最期をただ迎えるだけの時間が、
どれほど冷酷か...

いつ、どうなるかわからない病状

夜もゆっくり眠れず、
家族とすぐに連絡が取れるよう携帯は離せず、

...かと言って、母にその死期を悟られぬよう、
付かず離れずの距離を保たなければならない

「母は、自分の余命を知りたかっただろうか...」

母は、緩和ケア病棟に入院した日、主治医に、

「私はあと1か月?」

そう聞いたらしい

主治医は、

「ううん。全然」

そう答えたそうだ

その時、私たち家族に告げられていたのは、
“余命2か月”という命の期限

が、さすがに母に知らせるつもりはなかったし、
それは父も妹も同じだったと思う

「母は、きっと、余命は知らなくてよかった」

そんな気がしている

正直、隠し通す家族や親戚は、
けっこう大変なこともある

母の友人たちには、
つらい思いをたくさんさせてしまった

が、何も知らないまま、
母が最期までしあわせに生きてくれたら、それでいい

最期はきっと、
眠るように逝ったであろう母の寝顔

その安らかさが、きっと、答えなのだ――

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Source: りかこの乳がん体験記

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