食事療法の迷走[52] 新ガイドライン2019の答え合わせ

健康法

日本糖尿病学会は,1993年の『食品交換表』第5版 発行以来,

  • すべての患者はBMI=22を標準体重とする. すなわち身長が同じなら標準体重は一律に同じとする
  • この標準体重に日常活動度を乗じてカロリーを設定した,カロリー制限食を一律に適用する
  • カロリー制限食は炭水化物=50~60%,脂質,蛋白質は20%以下とする

が唯一の糖尿病食事療法であり,そしてこれは糖尿病に限らず,健常者も含めたすべての日本人の『健康食』であるという立場(=以下【従来路線】と書きます)を堅持してきました.
更に2013年には『提言』を発表して,『低炭水化物食(=糖質制限食)は勧められない』と表明しました.
この提言を受けて,2013年に発行された 『食品交換表』第7版では,わざわざ一項を設けて『糖質制限食は行ってはならない』と記載しました.

しかし,これで議論が決着するどころか,むしろその後の学会などでは,医療関係者からも数々の疑問(=以下【疑問】と書きます)が出され,議論は過熱する一方でした.

答えあわせ

そこで,ここでは,この『糖尿病診療ガイドライン 2019』(=以下 【GL-2019】と書きます)が,

【従来路線】に比べて どこがどのように変更されたのか,または変更されなかったのか,さらに【疑問】に対して どう回答しているのか,答え合わせをしてみます.まず 冒頭の3つについては:

【従来路線】 【疑問】 【GL-2019】の答え
身長が同じなら,すべての患者はBMI=22を標準体重とする 日本人の統計を見ても,BMI=22がベストとは断定できない.むしろ高齢者では BMI=25に近い人が死亡率が低い BMIは年齢に応じて設定する.高齢者はBMI=22~25とする.標準体重という言葉はやめて『目標体重』とする
標準体重×日常活動でカロリーを設定する 学会の見積ではデスクワーク主体なら日常活動度25~30としているが,実測データに比べ明らかに過少だ. よって学会の設定カロリーは過少すぎる 日常活動度を見直す.デスクワーク主体は『普通』の活動度とする
カロリー制限食は炭水化物=50~60%,脂質,蛋白質は20%以下とする この比率が『理想的である』というエビデンスは存在しない 『各栄養素についての推定必要量の規定はあっても,相互の関係に基づく適正比率を定めるための十分なエビデンスには乏しい』(p.37) これは単に食品交換表作成時点での日本人の平均摂取割合を表示したものであった.今後この比率はは『目安』とする

実測データを突き付けられたり,『エビデンスがない』と指摘された部分については,さすがにこのように訂正しています.

しかし,それ以外の部分を見ると;

【従来路線】 【疑問】 【GL-2019】の答え
(『食品交換表』には,「食後高血糖」「血糖値スパイク」という言葉すら記載なし) 炭水化物の多い食事で血糖値スパイクが発生してもいいのか? 『近年食品の摂り方によって,食後血糖の上昇を抑制し,HbA1cを低下させ,体重も減少できることができると報告されている』『すなわち,野菜など食物繊維に富んだ食材を主食より先にたべ,よく噛んで咀嚼することによって,食後の高血糖の是正が期待できる』(p.46)
蛋白質の摂取比率は年齢・性別によらず20%以下 高齢者は十分な蛋白質を摂取しないとサルコペニア・フレイルになるが? 『蛋白質摂取比率は,20%以下とすることが妥当と考えられる.ただし高齢者糖尿病におけるフレイル予防のための蛋白質摂取量については,別個の視点が求められる』(p.40)
糖質制限食は勧められない 低炭水化物食により血糖コントロールは明らかに改善する 『炭水化物の摂取量と糖尿病の発症率との関係を検討した例は少なく,両者の関係は明らかではない』[以下 延々と 長文の最後に]『しかし,総エネルギー摂取量を制限せずに,炭水化物のみを極端に制限することによって減量を図ることは,その効果のみならず,長期的な食事療法としての遵守性や安全性など重要な点についてはこれを担保するエビデンスが不足しており,現時点では勧められない』(p.39)

炭水化物が60%でも,ベジファーストでよく噛めば,血糖値スパイクは発生しないという立場です.

高齢者のたんぱく不足は大いに懸念されることですが,『別途考える』であって,増やすべきとも減らすべきとも一切ノーコメントです.

そして最後の欄には唖然としますが,この項目は【GL-2019】の[Q3-5]なのですが,設定質問は 『炭水化物の摂取量は糖尿病の管理にどう影響するか?』なのです.それなのにその回答が,『炭水化物量と糖尿病の発症に関係はない』と言ってみたり,『低炭水化物食で減量を期待するな』と言ってみたり,つまり

炭水化物=糖質は血糖値を上げるのか/コントロールを悪化させないのか

という点については スルーしています(少数の報告はあるが,エビデンスではないという立場).さらに;

【従来路線】 【疑問】 【GL-2019】の答え
(『食品交換表』には,「カーボカウント」の記載なし) 糖尿病患者にカーボカウントを教えるべきだ 『インスリン療法中の患者にカーボカウントを指導することは,血糖コントロルーに有効である』(p.38)

カーボカウント,すなわち炭水化物摂取量を把握して血糖値上昇を予測し,それに見合うインスリンを注射することの有効性は認めています.しかしそれならば

『インスリンの分泌が不足 または遅延する人が,そのインスリン分泌で対応できるように糖質摂取量を加減する』

のがどうしてカーボカウントではないのでしょうか?
この【GL-2019】の表現は,裏返せば『カーボカウントは,インスリンを使っていない患者には無縁のものである』と読めます.そしてそう主張する理由は;

この方法(=カーボカウント)の一種の悪用によって極端な低糖質食に走ることのない様に留意すべきと考えられる.

第56回日本糖尿学会 シンポジウム6-1

だからでしょう.カーボカウントの効果は認めるものの,糖質制限食につながりかねないから,インスリンを使っている患者以外には認めないというわけです.

総合的には[私見]

糖尿病診療ガイドライン 2019については,すで多くの方が評論していますが,私の結論も同じです.

炭水化物60%という高糖質で,カロリー制限食という枠組みだけは絶対に変更するつもりはない

(C) モッサイ さん

こう表明したものと見ます. エビデンス不在や,実測データと明らかに齟齬がある部分については修正しましたが,それは最小限の訂正で済ませて,根幹には指一本ふれさせないという立場は変わっていないと思います.

[53]に続く

Source: しらねのぞるばの暴言ブログ

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