日本全身咬合学会 公開講座 にて

無事、講演を行ってまいりました。
以下に講演の概要をアップさせていただきます。

【演題】先天性素因を考慮し神経学的理論を応用した顎位治療の臨床と医科と歯科の協力体制・共同研究の必要性

 

【演目】

.骨格系の変形と『歯牙の萌出傾向の異常』・・・二種類の『先天性素因』と骨格系の情報を歯科の口腔模型に反映させるための計測器械の開発 (2015年日本全身咬合学会より)

.二つの脳幹反射を応用した『顎位補正試験』・・・顎位のシュミレーションと『努力性呼気残量』による病状の数値化 (2016年線維筋痛症学会より)

.理学的所見にもとづく『顎位補正術』・・・『完治に必要な5条件』と咬合平面の水平性に重大な先天性障害を有していた線維筋痛症の1症例 (2016年日本全身咬合学会より)

.医科の典型的な疾患群と『顎位異常症』・・・具体的な病名における顎位の異常と慢性疼痛・自律神経症状

.現状の歯科診療の問題点・・・高額な診療費用と加療し得なかった線維筋痛症の1症例

.患者・家族の側の取り組み・・・歯牙の萌出傾向の軸偏移により重大な症状を呈していた線維筋痛症の1症例と患者・家族の署名活動

.口腔由来の下顎位を介した『三叉神経-姿勢制御系』・・・Originate in OralTrigeminal Nerve – Attitude Control System mediated by Mandibular Position

 

骨格系の変形と歯牙の萌出傾向の異常

~二種類の先天性素因と骨格系の情報を口腔模型に反映させる計測器械の開発~(201511 日本全身咬合学会より)

歯科の口腔模型だけを観察の対象に、歯列を整え良好な咬合を創出することですべての患者が健康になれるでしょうか?

歯科診療を契機に線維筋痛症を発症する患者が存在することはガイドラインにも明記されている周知の事実である。歯科においては咬合関連症候群と呼ばれる歯科診療に端を発し不定愁訴を訴える患者も少なくない。こうした現象は何故おこるのだろうか?何か重大な見落としはなかったのだろうか・・・

ある作業を行ったときにABとで反応が異なる・・・神経学的には考えにくいことである。患者の側の先天性素因つまり解剖学的な個体差を見落としていたのではあるまいか。

こうした問題を踏まえ、著者が頭蓋骨・顔面・下顎骨といった筋・骨格系の情報を歯科の口腔模型に反映させる計測器械を開発したことは2015年の日本全身咬合学会で報告したが、治療の大前提となる重要な問題を含んでいるため、再度ご紹介しておく。

 

以下201511月の日本全身咬合学会での発表スライドよりの抜粋のため省略

詳細はhttp://blog.livedoor.jp/doctor_arai/archives/335494.htmlをご参照ください

 

二つの脳幹反射を応用した顎位補正試験

~顎位のシュミレーションと『努力性呼気残量』による病状の数値化~(20169 線維筋痛症学会より)

頭蓋骨~顔面・下顎骨の変形に伴い歯牙の萌出傾向に『軸偏移』および『水平性障害』といった2種類の先天性素因を持つ患者の存在が確認された。

では歯牙の形態が変わることで身体に何かが起こるとして、そもそも人体の構造と機能のなかで歯牙の形態を感知し得る器官や神経系には如何なるものが考えられるであろうか?舌の表在覚と咀嚼筋群をはじめとする下顎の運動に関連する諸筋群の深部覚であろうということは医学を学んだものであればに容易に推察できよう。

こうした先天性素因の強い患者の治療を適切に行うため、著者は『舌-顎位反射による顎位補正試験』や『咬合平面の仰角補正試験』といった2種類の無害な検査方法を考案した。試験を行うことで、下顎位の頭蓋骨に対する相対的な位置関係にも瞬時に変化が起こると同時に全身の筋肉の基礎的筋緊張にも即座に変化が起こり様々な症状が寛解する患者が存在することが確認された。

また5年間の研究の過程で、全身の筋肉のバランスの変化を数値で明示することはできないものか検討した結果、呼吸筋のバランスを肺活量計で測定することで病状を数値化できることが判明した。2016年の日本全身咬合学会でも報告したことだが、こちらも再度スライドを提示する。

 

以下20169月の日本線維筋痛症学会での発表スライドよりの抜粋のため省略

詳細は

http://blog.livedoor.jp/doctor_arai/archives/6504559.html

をご参照ください

 

理学的所見にもとづく顎位補正術

~完治に必要な5条件と咬合平面の水平性に重大な先天性障害を有していた線維筋痛症の1症例~ (201611 日本全身咬合学会より)

ではこのように先天性素因を考慮し、神経学的理論を理解することは、臨床にどのように応用することができるだろうか。著者は5年間の研究の結果、歯牙の形態修正により変化する下顎位に

①下顎角の左右の位置

②オトガイ部の左右の位置

③前後の位置

④下顎角とオトガイ部の高位差

⑤咀嚼高位

といった5つの因子が存在することを確認し、5つの因子のそれぞれに対して全身の筋肉のバランス障害と関連する独立した5つの指標を設け理学的所見にもとづいて『顎位補正術』を施行することで、歯科診療をきっかけに極端なまでに重症化した線維筋痛症患者を完治させることに成功した。

2016年の日本全身咬合学会へ報告した症例であるが、病歴や治療経過を再度ご紹介しながら完治に必要と思われる5つの条件について詳述する。

 

以下201611月の日本全身咬合学会での発表スライドよりの抜粋のため省略

詳細は

http://blog.livedoor.jp/doctor_arai/archives/9088981.html

をご参照ください

 

医科の典型的な疾患群と顎位異常症

~具体的な病名における顎位の異常と慢性疼痛・自律神経症状~

著者は自己の体験談として三冊の書籍を出版し、顎位の異常に起因すると考えられる典型的な疾患群として、三つの病名を副題とした。この三疾患の中でもとりわけ著者が線維筋痛症にこだわる理由は、やはり重症度が高く自殺者が少なからず存在する疾患だからである。またガイドラインが整備されつつあり、その中に歯科治療が発症の引き金となることや、間質性膀胱炎や顎関節症が合併しやすいことが明記されており、この病名における病態生理を解明することが他の二病名の病態生理を解明していくことにも繋がると考えられるためである。現在の状況は病名そのものがひどく混乱しており、関わるものの立場で様々な病名が付与されているのではないかと考える。病死でも自死でも人命が失われることには変わりはない。医科と歯科とが最も協力して取り組まねばならない病名であるといえよう。

線維筋痛症

筋肉痛の最重症形態であり約80%が女性。自殺者が少なくないとされており、歯科診療が発症の引き金になることでも知られている。

特筆すべきはその多彩な随伴症状である。下痢・便秘・体重減少といった消化器症状、動悸、膀胱炎症状、羞明(光を異常にまぶしく感じてしまう症状)などの視覚障害、めまい・耳鳴・難聴などの聴覚異常、各種のアレルギー症状、レイノー現象(手や足の小さな動脈が収縮し、血流不足が生じることによって、手指の冷感や変色などが起こる現象のこと)、ドライアイ・ドライマウスなどの粘膜障害、さらには呼吸苦や嚥下障害に手足のふるえやしびれ感、レストレスレッグス症候群(むずむず脚症候群)・・・

こうした症状は歯科において『咬合関連症候群』と呼ばれている病態の症状と非常に類似しているが、いずれも身体各所の基礎的筋緊張の持続的な更新状態とそれに伴う自律神経症状とに大別できるのではなかろうか。

さらにこの『線維筋痛症』に合併することが多いとされている病名が二つある。

1、間質性膀胱炎

2、顎関節症

また『間質性膀胱炎』のガイドラインによれば、男性における『慢性前立腺炎』と『間質性膀胱炎』の鑑別は難しく、二つの病名を包括して『慢性骨盤疼痛症候群』という病名が用いられることが多くなってきているとの記載がある。これらの三疾患は顎位の異常によっておこる関連疾患であるというのが著者の見解である。

医科の病名における顎位の異常

著者が明示した三疾患と前後・左右2系統ずつ合計4系統の顎位の異常との関係図を示す。(図1)

医科と歯科の協力体制・共同研究の必要性

現状患者の多くは医師のもとにいるが、シェーマに示した通り根本的治療を担うべきは本来は歯科医師である。医科で実施できるのは対症療法としての薬物療法だけである。理学療法や鍼灸などの補助療法もあるが、加療には限界もある。根本的な原因に対する歯科での保存的顎位治療としてのスプリント治療や、矯正や補綴といった具体的な侵襲を伴う外科的治療としての顎位治療・咬合診療について、患者の重症度(必要性の度合い)と先天性素因の有無や程度(治療の難易度)を把握したうえでどのような患者群にどのような加療が最も望ましいのか、安全性と有効性の両方を天秤に評価検証される必要があるのではないかと考える。

また現状の法体系では医師法・歯科医師法の壁があり歯科医師が単独で不定愁訴の改善を目的に歯科治療を行うことには限界があることも現実問題としてあり、線維筋痛症と呼ばれる疾患の重症度を考えるとより緊密な医科と歯科の協力体制が必要であろうと思われる。

先の学会報告で述べたように、著者は病状の数値化の一例として呼吸器系のバランスを評価する手法を考案したが、病状を数値化し評価する方法は他にもある。しかしそうした身体に関する医療設備やそれらを用いる知識の多くは医科にあり歯科にはない、医科と歯科とが共同で研究にあたる必要性があることも明白である。


≪Ⅴ 現状の歯科の診療体制の問題点

~高額な診療費用と加療し得なかった線維筋痛症の1症例~

現在の歯科診療界が抱える問題点と社会制度の整備の必要性についても考えてみたい。

医科と歯科とはこれまで長きにわたり互いに独自の発展を遂げてきた。教育課程、免許制度、診療施設、学会・・・いずれにおいても密接に連携が取れているとはいいがたい。著者は歯科診療に協力し極端に重症度が高い『線維筋痛症患者』の診療にも携わってみて、入院管理下での加療の必要性や医科の持つ様々な医療機器の導入の必要性など、あらためて医科と歯科の連携体制の強化の必要性を痛感させられた。

また御承知の通り咬合診療・顎位治療には現時点では医療保険の適応がない。このため診療に必要な治療費や材料費などは全て自由診療にならざるを得ず、高額な治療費を患者が全額自己負担しなければならないのが現状である。

著者は『顎位補正試験』により著名な理学所見と自覚症状の改善を認めたにもかかわらず、経済的な理由により治療をなしえなかった症例も少なからず経験した。示唆的な症例を提示しながら現状の歯科の診療体制の問題点を検証したい。

≪症例≫53歳 女性 既往歴 特記すべきことなし

【現病歴】2008年歯科治療中に左下5番・6番を抜歯するしかないとの診断を受け抜歯を行った。抜歯後はインプラントを施行。インプラントを埋設した状態では特に痛みもなかったが、上物の歯が出来上がり装着した直後から歯~顎~頬にかけて違和感が出現したのち、痛みに変わり首~肩~頭へ疼痛症状が拡大したがインプラントを実施した歯科医師からは経過観察を指示される。

その後もさらに疼痛が増大したため歯科大学病院の不定愁訴外来を受診したところ『インプラント術後の不定愁訴』と診断され投薬を受けたが状態は改善しなかった。

患者は投薬のみを継続する歯科の大学病院の治療に疑問を持ち神経内科を受診したところ『線維筋痛症』の診断を受ける。神経内科からの投薬で症状はある程度緩和するが、その後も7年間にわたり複数の歯科診療所を受診するなどして加療をうけていた。

来院時にはインプラントのアバットのみが存在し仮歯も作成できていない状態で、アバットの刺激を低減するためレジン体で覆った状態で来院された。

神経内科よりの投薬によりなんとか就労は継続可能な生活の状況であったことから『線維筋痛症』としての重症度はGradeⅠ~Ⅱ程度に該当する症例であった。

≪舌反射-顎位補正試験≫

【初診時の理学所見】201697日初診。大臼歯の欠損状態であったため、初診時には左右のバランス障害の状態と程度のみを評価した。

①後頸部および身体背面では基礎的筋緊張に左右差を認めなかった

②前頸部および身体前面においては左側の基礎的筋緊張の著しい亢進状態を認めた

下顎角の位置に異常はなくオトガイ部の位置が右方向にずれた際の症状に該当することから舌-顎位反射を応用した補正顎位のシュミレーションを実施。1st trialはベースワックスを置いた状態である。2nd trialで前頸部を触診しつつ5番~6番近心の舌側歯面のワックスの厚みを調節し左右の緊張のバランスを適正化し、3rd trialで後頸部を触診しつつ6番遠心の舌側歯面の厚みを調節しながら左右のバランスを適正化した。本症例においても瞬時に左前頸部および身体前面のバランス障害は解除されるとともに即座に疼痛症状の消失を認めた。初診時の口腔模型とシュミレーションのシェーマを示す。

(図Ⅴ1)初診時(左下5・6番欠損状態)  

(図Ⅴ2)1st trial(ベースワックス)  

(図Ⅴ3)2nd trial(前傾部のバランス)

(図Ⅴ4)3rd trial(後頸部のバランス)

≪検査後の経過≫

顎位補正試験により疼痛症状の寛解を認めたことから、当初は本症例も治療を希望していたが、長期にわたり顎位に異常をきたしたまま複数の歯科診療施設を受診するうちに歯痛が出現し、右下4・5・6番の抜髄や右下6番の天然歯の補綴化、さらに適正な顎位が得られぬままに他の天然歯に対する咬合調整の実施などといった歯科処置が実施されていたことや、上顎の天然歯においても顕著な歯列の不正などが認められていたことなどから、顎位を整復した後には咬合を再構成しなければならなくなる可能性が高く全体の治療費はかなり高額なものとなる可能性があることなどを御説明したところ、経済的理由により治療を断念することとなる。現状では虫歯治療には医療保険の適応があるが、歯科治療の結果として不定愁訴が出現した際にそれを是正するための顎位治療・咬合診療に保険適応がないのは片手落ちと言わざるを得ない。こうした不定愁訴を有する患者が増加することは社会全体から見れば医療費の増大に拍車をかける結果にもなると考えられる。

(図Ⅴ5)初診時の上顎(=咬合調整 青=不正歯列)

(図Ⅴ6)初診時の下顎(=抜髄 青=右下6番補綴)

試験結果より歯牙の舌側歯面の形態不良が口腔内の環境を乱すことで顎位に異常をきたし全身症状を呈していることは明白であるが、患者にとって保険診療外の高額な治療費は死活問題である。本来は医療保険の範囲に含まれることが望ましいと思われるが、インプラント自体が保険適応外であり医療保険の適応が難しいのであれば何らかのセーフティーネットが必要なのではないかと考える。

≪医療費の問題≫

近年社会の高齢化に伴い医療費は増加の一途をたどるばかりであるが、線維筋痛症に限らず様々な不定愁訴を訴え病院に来院する患者は実に多い。

医科において明確な疾病を見いだせない不定愁訴の本質的な原因を形成しているのは本領域の病態ではあるまいか?大多数の医師・歯科医師・患者の三者が歯牙の形態不良に起因するわずかな顎位の異常に伴う全身症状を認識していないだけではないかと推察する。本症例に限らず顎位の異常により全身症状を呈しているにもかかわらず、患者自身は指摘されるまで歯牙の形態不良による顎位の異常には気が付いていなかった。

こうした不定愁訴を訴える患者を減らすことは社会全体の医療費の削減にも大きく寄与するであろうことは疑う余地もない。現に本症例は7年間の間に歯科・医科の複数の医療機関を受診し加療を受けている。医療費が国民全体の税と健康保険料により賄われている以上、不定愁訴に苦しむものばかりでなく社会全体の問題として取り組む必要があるのではないだろうか。こうした現状を考えると本病態のさらなる解明に対する取り組みは医療界にとっても急務ではあるまいか。

本症例の病歴を見れば医科における『線維筋痛症』と歯科における『咬合関連症候群』とが、程度の差こそあれ同一の病態である可能性が高いことは明白ではなかろうか。また線維筋痛症に限らず歯科診療を契機に不定愁訴を訴える患者は決して少なくないようであるが、その物理的な原因を追求することをせず投薬のみを継続したり、『患者の側の心の問題』として安易に精神科や心療内科の受診を勧めるのは慎むべきではあるまいか。

 

≪Ⅵ 患者・家族の側の取り組み≫

~歯牙の萌出傾向の軸偏移により重大な症状を呈していた線維筋痛症の1症例と患者・家族の署名活動~

20165月、著者は希死念慮が強く重症度の高かった『線維筋痛症』患者に対し『顎位補正試験』を行い全身症状の消失を確認した後、『顎位補正術』と補正後の顎位に対する『咬合診療』を行うことで2度の歯科診療で全身の疼痛症状を寛解状態にすることができた症例を経験した。

本症例は顎位の異常に伴い惹起される全身症状とその病態生理・歯牙の萌出傾向の解剖学的個体差や著者が提唱する神経学的な理論を立証するうえで、大変示唆的な症例であった。

初診から現在に至るまでの状況を提示するとともに、本症例の御家族の社会的な取り組みなどもあわせて御紹介したい。

≪症例≫1948年生まれ 現在69歳 女性 既往歴 特記すべきことなし

【現病歴】26才時に出産の際に両側の下顎第一大臼歯と左下顎第二小臼歯の破折が起こり、左は犬歯から第二大臼歯まで、右は第一小臼歯から第二大臼歯までをブリッジとする歯科治療を受ける。以来全身の各所に疼痛を自覚するようになる。その後も症状は増悪し2004年頃には全身の激しい痛みを主訴に複数の病院を受診し、線維筋痛症の診断を受ける。発症以来40年以上の闘病の過程で、あまりの痛みに耐えかねて4回の自殺未遂を経験している重症度の高い症例であった。

【初診時の理学所見】2016420日初診。以下に初診時の理学所見を示す。

①後頸部および身体背面では左側の基礎的筋緊張の著しい亢進状態を認めた

②前頸部および身体前面においては右側の基礎的筋緊張の著しい亢進状態を認めた

③腰痛はなく努力性呼気残量は390mlであった

④安静脱力時の頭位は正中位であった

⑤嚥下に伴う過剰接触などなし

理学所見より本症例の全身の筋肉のバランス障害の主因は左右のバランス障害であることが判明。

下顎角が右へオトガイ部が左へ偏位している状態に該当し、軸偏移症例の典型的な理学所見であることから舌-顎位反射を応用した顎位補正試験を実施。理学所見および患者の自覚症状の消失を確認した。患者は実際の治療を希望されたが、両側の下顎の臼歯部がすべてブリッジとなっていることから矯正は不可能であり『顎位補正術』の好適応と判断、施術のための準備作業として、ブリッジとなっていた両側の大臼歯部分をpartial dentureに置換した。

≪治療結果≫

【治療経過】2016511日顎位補正術を施行。後頸部を触診しつつ左下6・7番の舌側歯面の厚みを調節した後に、前傾部を触診しつつ右下4・5番の舌側歯面の厚みを調節することで左右の基礎的筋緊張のバランスを回復、全身の筋肉の左右のバランス障害は消失した。効果は瞬時に発現し、即座に症状は寛解した。2016518日再診時の理学所見では左右のバランス障害は消失していたが患者は『腰痛』という新しい症状を訴えた。努力性呼気残量を測定したところ初診時に390mlであったものが780mlまで増大していた。顎位の変化に伴い咬合が変化した結果、オトガイ部に対し下顎角の高位が相対的に低下した際の症状に該当することから補正後の顎位に対し咬合診療を施行、両側の第1大臼歯の機能咬頭に微量の補綴を加え、努力性呼気残量を500ml未満に低下させることで即座に腰痛も消失した。2回の治療により完治に必要な5条件をみたしたことで全身の筋肉のバランス障害を克服し、全身の激しい疼痛も認めなくなったことから、線維筋痛症から離脱することができたことを患者の同意のもと確認した。以下に初診時・術前・術後の口腔模型を提示する。

(図Ⅵ1)初診時(臼歯部は全てブリッジ)

(図Ⅵ2)術前(大臼歯をpartial dentureに置換)

(図Ⅵ3)術後(青=顎位補正術、赤=咬合治療)

≪術後の経過≫
本症例は残存する天然歯の歯列に加齢による著しい不正を有しており、前歯部等に対する歯列矯正も御希望された。矯正による口腔内の環境の変化は、舌に新しい感覚情報を与えるため再び顎位に異常をきたす可能性が高く、その都度臼歯部の舌側歯面に微修正を施さなければならなくなること、結果として治療費も著しく高額となることなどを御説明したが、患者はより良い口腔内の環境を目指して加療を希望。残存する天然歯の矯正を施行しつつ欠損歯牙に対してはインプラントを施行し、部分入れ歯を仮歯へと再度置換しなおす作業を現在も継続中である。その際に天然歯の矯正により起こる顎位の異常には臼歯部の舌側歯面に微修正を施すことで常時適正な顎位を維持しつつ加療中である。

【現在の口腔模型】治療経過中の上顎・下顎・萌出傾向の軸偏移を表す模型を提示する。計測ならびに治療の結果より、歯牙の萌出傾向に軸偏移を有している症例であることは明白であった。

(図Ⅵ4)インプラント後矯正中の上顎

(図Ⅵ5)インプラント後矯正中の下顎

(図Ⅵ6)歯牙の萌出傾向の軸偏移(2.6)

≪国は動くか?社会は変わるか?≫

本症例の御家族は東日本大震災の復興支援活動にも参加されている社会福祉活動に非常に熱心な方で、あまりにも明白な因果関係に驚き、知人のつてをたどり著者の書籍や学会報告の資料を過去に厚生労働行政に携わってこられた元国会議員へ郵送された。20166月著者は御家族からの要請を受ける形で同行し東京都内に赴き元議員に面会する機会を頂戴した。長年厚生労働行政とかかわりを持ち難病の問題解決にも取り組んでこられた方で、線維筋痛症においても自殺者が出るほどに苦しい疾患でありながら、難病の認定もできていなかったことに問題意識を持たれていた。御自身が医師免許を所有されていることもあり著者が学会報告の内容などを御説明した際には御理解とお口添えを頂き、著者は厚生労働省へと赴くこととなった。厚生労働省では歯科口腔保健専門官や難病対策課の職員などに御参集いただき、研究費などを省庁が助成することで患者の経済的負担だけでも減らすことはできないものかなどといったことを御相談したが、現行の法制度上行政府での対応は難しいとの御判断であった。

それでも御家族は諦めず、御自身のブログなどを開設し立法府への働きかけを目的に署名活動を開始された。SNSなどを介して広く一般の方への呼びかけを行い、20174月末日の時点で7500名を超える数の署名が集まり、同年513日に厚生労働省ならびに衆議院議長に提出された。いずれ正式に国会で審議されることになる予定であると聞いている。この署名活動が今後どのような帰結を迎えることになるのかは著者にも予測はできないが、既存の団体に所属せず単身で6ヶ月間という短期間でこれだけの数の署名が集まるということはそれだけ本領域の研究が社会から必要とされているということの証左ではあるまいか。医科と歯科とが密接に連携しつつより一層の研究に取り組むべきではないかと考える。

≪医科と歯科の共同研究を求める請願書≫

右に本症例の御家族が衆議院議長および厚生労働大臣に宛てた医科と歯科の共同研究を求める請願書を示す。

線維筋痛症が重症であるのはそれだけ顎位の異常が大きいためである。ひとたび毀損した顎位を整復することは困難を極めるが物理的な原因はこの領域にある可能性が高いと著者は考える。

重症度の高い患者に対し、医科と歯科が協力してどのような治療の提供が可能なのか、多方面からの検討が必要ではないだろうか。

 

≪Ⅶ 口腔由来の下顎位を介した 三叉神経-姿勢制御系≫

Originatein Oral Trigeminal Nerve Attitude Control System mediated by Mandibular Position

講演の終わりに要点をまとめておきたい。

Ⅰ.歯牙の萌出傾向には少なからぬ個体差があり、個々の患者にとって最適な歯牙の形態は頭蓋骨・顔面・下顎骨といった骨格系の解剖学的特長の多様性に伴い多種多様であった。

Ⅱ.一方で解剖学的個体差を考慮した場合の神経学的な反応には多くの共通点が認められ、そうした反応の中核を担うのは三叉神経であろうと考えられた。

Ⅲ.また顎位の異常により全身症状を呈しているにもかかわらず患者自身は指摘されるまで歯牙の形態不良による顎位の異常に気が付いていなかった。線維筋痛症に限らず不定愁訴を訴える患者の多くは医科で薬物を用いた対症療法を受けているが、根本的な原因は口腔領域にある場合が多いであろうことが推察され、本病態の解明は医療費の削減にも大きく寄与するものと思われる。

Ⅳ.現状では咬合診療は医療保険の適応を受けていないが、患者にとって保険診療外の高額な治療費は死活問題であり、重症度が高く経済的にも困窮している患者には何らかのセーフティーネットが必要ではないかと考えられた。

Ⅴ.線維筋痛症は人口の約1.7%(約200万人)と推計されている。重症度の高い患者では、自ら命を絶つ者がいるほどの重篤な疾患であり当該疾患における原因の究明と治療法の確立は医療界の急務である。当該疾患における『発症の予防』や『根治的治療』において、歯科医師が果たすべき役割は重要ではないかと思われる。 

≪三叉神経-姿勢制御系のシェーマ≫

≪結論≫

いままで、医科と歯科とが協力して研究をしてこなかったために、多くの医師と歯科医師とが気が付くことがないまま現在に至っている、口腔領域における未知の神経回路の存在が明らかとなりつつあるのではないだろうか。

研究結果より三叉神経を中核とする神経学的反射の集合として下顎位が構成され、下顎位が最適化されることで全身の筋肉の基礎的筋緊張のバランスも良好に保たれることが立証された。著者は神経系の専門医の立場から、こうした一連の反射の集合を口腔由来の下顎位を介した『三叉神経-姿勢制御系』と呼称するのが妥当であると考える。先天性素因を考慮し神経学的理論を熟知し理学的所見にもとづき顎位治療・咬合診療が適切に行われることで治療効果は飛躍的に向上するものと推察する。あらためて口腔模型のみを観察の対象とし美容のみを目的に歯牙の形態を変化させることの危険性を強く指摘しておきたい。

医科の領域において慢性疼痛と自律神経症状を主体とする疾患は実に多く、本領域の研究が進むことを一日千秋の思いで待ち望んでいることと思う。願わくば今回の講演が歯科の先生方の今後の診療の一助となり、より多くの知見が積み重ねられ、さらなる進歩が達成されることを切望する。

 

 

 

 

 



Source: ~脳外科医 新居弘章 の 『顎位異常症』 ブログ~ 『線維筋痛症』、『慢性前立腺炎』、『顎関節症』に苦しむ方の為に・・・

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