四萬部寺(しまぶじ)には、八角の輪蔵が特徴的な施食堂があり、そこで執り行われる施食会(せじきえ)は “関東三大施食会”の一つとされております。
古くは、三十俵のお米を炊き、それらを、信徒はもとより食の乏しい人々へも平等に施していたそうです。
現在では、年に一度、あらゆる御霊をご供養をおこない、どなたでも参列できるとのことでした。
本日は、こちらの施食堂にて祈らせていただいた際の、御仏よりの御言葉をお伝えいたします。
Rinokia
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「現象の世(=現象界)にては、生きとし生けるもの皆等しく生命の途(※ここでは、限りある生命の様子を指しています。)を辿り、いつかは終(つい:終末)を迎えます。
等しく命を与えられし者たちは、各々の人生に差(違い・差異)はあれども、“生命”の括りからはけして逸せず、天へと再び帰るのです。
ですが、これもまた一面(片面)の視点ゆえ、何ものも、究極、終(つい)を得る(=終わりとなる)ことはありません。
たとえ一見、物事に“終わり”が見えても、それは次なる歩み(進み・進展)のための通過点であり、自らの命も、そしてまた自らが紡ぎ出した物事(言動)もまた、何らか未来へと繋がってゆくのです。
今はたとえ苦しくとも、明日にはきっと何か希望が見えてくる ーーー
人は、誰しも心の奥底で、次への道が開けることを望みます。
その、未来を“信じる”力は、人類のこれまでの歩み(=歴史)において、どれほど人々を救ってきたでしょうか。
明日こそは、次こそは、と願う、これはひとえに、生命が未来へと続くものであるゆえ、人の心に生じる感覚です。
そうです。人は “未来”を与えられました。
いまだ知らぬ、文字通り“未知”の世界は、元をたどれば、あなたがたの先人たちによって幾度も命を繋がれたがゆえです。明日を信じた先人たちの信じる力が、今まさにあなたがたの人生の“途上”にあるーーー
そして、あなたがたのその命もまた、古くより脈々と引き継がれ、そして、これからもなお続きゆく、幾重にも生きる希望をたずさえた美しき世界ーーー それが“未来”です。
いつかは迎えるであろうこの未来に、あなたは日々どのような歩み(歩み具合)によって、命ある限り、そこまで到達しようと願われますか?
何人(なんぴと:すべての人)も、この未来への人類の道程にけして欠かせません。
ゆえこそ、(未来への)希望を、人類の“燈火(ともしび)”とし、ときに労(いたわ)り合い、そしてときに互いを励まし、まさに命が順繰りと巡ることを、あらゆる者たちが担っていくのです。
あなたの勇気ある“一歩”が、あなたの人生にも、そして、人類の未来にもしっかりと繋がっている ーーー
それが、この世の仕組みより何者さえ逸せぬあなたがたが織りなす、“人類の希望”そのものです。」
以上。
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Source: 神々からのメッセージ
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