かつて糖尿病は,形質遺伝を研究してきた学者にとっては悩みの種でした.
古典的なメンデルの法則に基づき,『糖尿病の原因となる遺伝子』の存在を仮定して,どれほど多数の家系を詳細に調査しても,実際の糖尿病有病者の発生を説明できないのです. メンデルの法則通りであれば,その両親,両方の祖父母,祖祖父母までのデータからみて,必ず糖尿病有病者が現れるはずの子孫系統に,まったく糖尿病がみられない.しかし,そうかと思うと どう考えても現れるはずのない家系系統に,突然糖尿病患者が見られる.
それでは 糖尿病は遺伝とは全く無関係なのかといえば,多くの家族データを集積してみると,やはり糖尿病が多い家系,つまり『糖尿病家系』というものは厳然として存在しています.
それまでの遺伝学ではどうしても説明できないこの糖尿病について,Neel博士は糖尿病に関する自著に『遺伝学者の悪夢』という副題を付けたほどです.
遺伝の力=遺伝率
遺伝率とは,人間の特に外形的形質(身長・顔つきなど)がどれくらい遺伝によって決定されるかを数値で表したものです.
一卵性双生児は,子供の頃は,親はともかく,他人にはまったく区別がつきません. それは二人が成人しても同様です.
二人の外見はどこまでも似たままです.一卵性双生児の遺伝子は全く同じなのですから,もしも二人の間で形質の差が存在するのであれば,それは遺伝子によるものではなくて,それ以外の要素=後天的な環境の差/運動量の差 などによって生じたものということになります.
一方二卵性双生児は,遺伝子のちょうど 1/2が同じです. そこで 多数の一卵性・二卵性の双生児のペアを調べて,その身長や体重などあらゆるデータを取って,どの形質がどれくらい遺伝に支配されているのかを調べてみました.
本ブログとしては珍しく数式を出しますが,
hは遺伝率;すなわち ヒトの形質をどれくらい遺伝が支配しているかの割合です.すべてが遺伝だけで決まるなら,h = 1,まったく遺伝が関与しないのなら h = 0です.
rは相関係数で,r(一卵性)とr(二卵性)は,注目している形質(例えば身長,体重など)について, 一卵性/二卵性 双生児について,それぞれどれくらい相関しているかの数字です.
もしも一卵性双生児で,二人の形質がまったく一致していたら,r(一卵性)=1ですから,結局 分子と分母は同じになって h2=1,よって h=1 即ちその形質は100%遺伝だけで決まっていることになります.
膨大な双生児のデータを調査したところ,たとえば 身長については h=0.8,つまり身長は80%が遺伝で決定されており,残りの20%が遺伝以外の要因(=環境要因など)であるとわかりました.
では,糖尿病についてはどうなのでしょうか?
ところがこれが糖尿病となると,一卵性双生児であっても,つまり遺伝子は全く同じであっても,h=0.3 すなわち 一生の間に 二人が糖尿病になる/ならないが一致する程度は30%ほどだったのです.
このことから 糖尿病の30%は遺伝で決定されていることになります.
この時点で既に,糖尿病に対する遺伝の影響力は小さいことがわかります.
ところが
それでは,急速に解明されたヒトの全遺伝情報解析によって,この『糖尿病が遺伝で決定される割合=30%』は説明できるのでしょうか.
[6]に続く
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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