北区王子の王子神社から、再度東京メトロに乗り、今度は東大前駅に降り立ちました。
次なる目的地は文京区で、つつじの名所でも知られる「根津神社」です。
当地は、教育機関が多いイメージです。東大駅前から根津神社の方面へと徐々に下ってまいりますが、その途中には、私学の付属幼稚園や、さらには東京大学が有するグラウンドなどもあって、さすが若い方々が多い地区は、閑静な住宅地であっても活気があります。
参拝当日も、東大球場からは、姿は見えませんが学生さんたちの元気な掛け声が聴こえ、その声だけでこちらも元気をいただきます。若いことの素晴らしさをしみじみ感じるひとときでした。
目指す根津神社は、日本武尊(やまとたけるのみこと)が創建したとされる、すでに1900年を超える古社です。
御祭神は、須佐之男命・大山咋神・誉田別命で、相殿には “大国主命・菅原道真公”を祀ります。
表参道から入って神橋を渡り、楼門そして唐門まで一直線です。唐門は、美しい細工と朱塗りが施されており、正しくは “透塀(すきへい)”と呼ぶそうです。
周辺には公園のようなベンチの多い場も設けられ、さらには、社殿向かって左方の斜面には、駒込稲荷や乙女稲荷などが祀られております。
近くの幼稚園の散歩コースなのか、平日でも多くのお子さんたちが通り過ぎたり、あるいは、束の間の遊びに興じていまして賑やかな神社です。
本日は、根津神社本殿にての神の御言葉をお伝えいたします。
Rinokia
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「己の人生を考えた折には、まずは“箱”(※ここでは“重箱”を指します。)を想像し、そこに、はたして自らは“何を詰めるか”をよくよく見据えてまいられよ(=見据えていきなさい)。
人によりては、一年(ひととせ:一年間)の計画でも良い。また(別の)ある者は、人生先々の行きつくところ(=目標)に従い、これを叶えるべくの内実(=内容)でも良いだろう。
この世においては、いずれの民も、自らに与えられし命はそれきり(※その人としての命は一度限り、という意味です)。
さらには、“人生”という道程は、逃げも隠れもせぬ、その者の歩み(=培ってきたもの)より他はない。
さすれば(=そうであるならば)、この“箱”にこそ、自らは何を詰めるか(=どのような内容とするか)が、各々方に託されているのである。
これらの箱を一つひとつ積み上げていき、人生は誰ひとりとして同じものとはならぬ、唯一その者のみの(積み上げた)高みを見せるだろう。
ところが、いずれも整然と(=建設的に)積み上げていくことは実に難い(=難しい)。
なぜなら、人生をふと省みる際に、まさに隙間ばかりの、虚無の(箱の)内容もあるだろう。
ときには、疎密(=頑張るときとそうでないとき)の、実にまばらな箱もあるに違いない。
あるいは、自らがこれまで詰めし物事の、はたして正しきか(=正誤)さえ思い塞ぐ(思いあぐねる)ことも、一度や二度ではないだろう。
それでもなお人生は、一つひとつその箱を天へと積み上げていかねばならぬ。
ならば、たとえ(箱の中身が)的を得ぬ(=無秩序、建設的・理知的ではない)と思えども、案ずるより(=あれこれ思い悩むより)、天より授かるその命(寿命)のある限り、この世に自らが成すべしと思うことの“芯”を据え、大いに(箱に)詰めていこうではないか。
それがたとえ、まるで不器用なる様(様相)でも構わない。
幾多の縁を引きて、いざ我こそはとこの世に降り立つ勇ましきわが民らの(人生という)箱の積み重ねは、(天より見るに)まさに彩りに溢(あふ)れている。
われらは、この姿にこそ、地上の花々を見い出し(※天からは、この重箱が、まるで地上に咲く花のように美しく輝いて見えるのだそうです)、民をなお(一層)愛しく想うのだ。」
(次回根津神社②へ続きます。)
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Source: 神々からのメッセージ
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