神の詩 第二章第三十八節

その他

 神の詩 第二章第三十八節

ladakh-5000873__340

「苦楽も損得も勝敗も同等と見なして、戦いに備えよ。そうすれば、汝は罪を犯さない。
(三十八)」
苦楽も
損得も
勝敗も

同等と見なす。

人は、
生まれ育った環境によって、
さまざまな固定観念が身に付きます。

時には、
一定の所作が「マナー」と称されると、
それ以外の所作が悪いものとされてしまうこともあります。

古今東西、
日常のあらゆるところに
固定観念が生じます。

そのすべてが
自我意識による狭い見解から判断するものであり、
普遍意識の視点から見てみると、
とるに足らないことであることがわかります。

例えば
私たちは、
寺では合掌のみで
ご先祖様にご挨拶します。

そして
神社では、
二礼二拍手一礼
という作法が
正当だと信じています。

でも
この作法は、
古くから続く伝統的なものではなく、
昭和の時代に改正された神社祭式行事作法によるものです。

それまでは、
各神社が独自の拝礼法を
護持・推奨していました。

今でも
伊勢神宮や出雲大社のように、
独自の拝礼法を通している神社もあります。

江戸時代までは、
寺院と神社の拝礼法の区別さえなかったのです。

それを
時と共に、
法律によって
規制していったのです。

その拝礼法に従わない独自の拝礼を、
人々は間違っている
とか
正しい
とか
議論をしています。

そこには
拝礼する本当の意味、
本当の目的など
忘れ去られています。

近代の代表的聖人と呼ばれるスリー・ラーマクリシュナは、
7歳の時から
カルカッタ郊外のダクシネーシュワル・カーリー寺院で
働き始めました。

彼は、
寺院の女神カーリーに捧げる花の匂いを嗅ぎ
、供物の味見をしたことで
僧侶たちから
厳しく叱責されます。

寺院の礼拝の規則に反したからです。

六歳の頃から神秘体験によって
高次の意識状態を経験していたラーマクリシュナは、
「礼拝する神には規則が必要なのでしょうか。
愛に規則が必要なのでしょうか。」
と寺院の規則に反論しています。

ちなみに
その後、
彼はカーリー神の前で瞑想を続け、
カーリー神を見たと語り、
その後に
サマーディに入る頻度が増えていったそうです。

この事例のポイントは、
規則を破ってもいいということではなく、
物事の本質をしっかりと理解し、
自分の行為の真の目的を明確に把握した上で行動すれば、
本質から外れた規則よりも、
より有益である
ということを示しています。

この話は、
誰もが自分勝手に作法を変えていいということではなく、
しっかりと
本質を理解しなければ、
規則を超えることは出来ない
ということを覚えておいていただきたいと思います。

現在
神社で行われている拝礼法も、
元はしっかりとした根拠の元で
万人に良いように作られたものです。

それが
時代と共に本質が形骸化して、
表向きの作法だけが残された状態になっています。

形式上は完璧な作法であっても、
心を伴っていなければ
何の意味も持たないことになります。

見えない世界へ挨拶するのであれば、
自分自身の見えない内世界を
整えなければならないのです。

このように
自分自身の内的な世界を整えることが大切です。
それによって、
苦楽や損得や勝敗といった表面的な問題よりも
大切な本質的なものが見えてくるはずです。

これらは、
善悪と同様に
人の表在意識に基づいた
相対的な価値観念であり、
真理に根ざしたものではないからです。

「苦楽も損得も勝敗も同等と見なして戦いに備える」
とは、
狭く表面的なことに左右されることなく、
崇高な神の意識に同調して行動しなさい
ということを示しています。

大切なのは、
苦楽や損得を超えた神の意識に沿った動機です。

「そうすれば、汝は罪を犯さない。」
とは、
それによって
負のカルマを背負うことはない
という意味です。

すべての行動は、
神の意識とのズレに応じてカルマが発生するからです。

このあたりについては
第五章で詳しく語りましょう。

次は

「これまで、真我の理念を汝に示した。次に、これについての実践法をよく聞け。これ
を身につければ、汝はカルマ(行動)の束縛を克服するだろう。(三十九)」
「ここでは、努力が無駄になることも、逆効果になることも無い。この行法をわずかでも実践すれば、どんな恐怖からも救われる。(四十)」

よく内観してください。

光の魂たち 植物編 人の霊性進化を見守る植物たち
森井啓二
きれい・ねっと
2018-11-11


今日もありがとうございます。
ブログランキング参加しています。
応援クリックお願いします。


人気ブログランキング


Source: ひかたま(光の魂たち)

コメント

タイトルとURLをコピーしました