乳がんの手術で入院中、
家族以外の面会は断るよう、
病院に希望を伝えていた
「“乳がん”だよ。おっぱいなくなるんだよ。
“がん”だよ。死ぬかもしれないんだよ。
そんな姿を人に見られたくないよ」
という思いが大きかったからだ
それに、お見舞いに来る人だって、
きっと気を遣うだろう
なにを話していいのか、
なんと声をかけたらいいのか、
相手も複雑な気持ちだと思うのだ
最期も、
「誰にも来てほしくない」
と、私は思っている
まぁ、特に来てくれる人もいないのだが...
そこにはやはり、
「こんな姿を見られたくない」
「最期を見られたくない」
という思いがある
母が余命2か月を告知されたとき、
たくさんの友人や親戚が来てくれた
母は
いつもたくさんの人たちに囲まれていたせいか、
病室に集まってくる人たちに対しても、
特になにも感じていないようだった
それどころか、
たくさんの人たちがお見舞いに来てくれることに、
喜んでいるようにも見えた
が、私は、
「こんなにたくさんの人たちに来てもらったら、
母自身、死期が近づいていることを
悟ってしまうのではないか」
という不安に苛まれていた
叔母がそうだった
いつも会わないような人たちが
続々と病室に訪れる
「えー、なんでみんな来るの?
私、もうすぐ死ぬの?」
そう言ったらしい
その判断が難しいと思う
母が余命1週間を告げられたとき、
医師の口から、
「会わせたい人がいたら、今のうちに...」
と、
ドラマで聞いたことのある台詞が出てきたときは、
さすがに心の余裕を失っていた
父と顔を見合わせ、
「もう誰もいないよね...」
と、
これまでたくさんの人たちが来てくれたことを
ありがたく思った
そして母は1週間を待たずに、
その日の夜に息を引き取った
だから私は、余命が近づいても
誰も病室には来てほしくない
人が集まってくることで、
自分の死期を感じ取りたくはないから
まぁ、
特に来てくれる人もいないんだけどね――
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Source: りかこの乳がん体験記
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