「抗菌薬の使い方」シリーズも今回で5回目です。
第1回「抗菌薬で化膿性鼻炎(色がついた鼻水の出るかぜ)は改善するか?」
第2回「抗菌薬で中耳炎や肺炎を予防できるか?」
第3回「抗菌薬処方を減らすための具体的な方法は?共有意思決定編」
第4回「抗菌薬を減らすための具体的な方法は?血液検査・CRP編」
今回は第5回「抗菌薬を減らすための具体的な方法は?遅延抗菌薬投与編」です。
合併症のない呼吸器感染症に対する処方戦略
今回ご紹介する論文は、これです。
合併症のない呼吸器感染症に対する処方戦略。
この〇〇戦略というタイトルはかっこいいですよね。
私も近々「当院における食物アレルギー診断治療戦略」という演題を出す予定です。
話を元に戻して、さっそく読んでいきましょう。
背景
鼻炎、咽頭炎、急性気管支炎はポピュラーな病気です。
これらは特に何も治療しなくても、自分の免疫力で治っていきます。
しかしアメリカでは、喉の痛みを伴う患者の約60%と気管支炎の患者の71%が抗菌薬を処方されています。
不必要な抗菌薬は、医療費を浪費させ、患者を悪影響のリスクにさらし、さらなる抗菌薬信仰を増加させます。
多くの患者はいまだに抗菌薬の処方を期待していますので、抗菌薬は処方されやすいです。
感染がウイルスによるものか細菌によるものかを判断するのが難しい場合、「遅延抗菌薬戦略」は不必要な抗菌薬を減らすかもしれません。
このアプローチは、症状が悪化した場合、または診察の数日後に改善が見られない場合にのみ、抗菌薬を処方することです。
この論文では、「即時抗菌薬戦略」または「抗菌薬不使用戦略」と比較して「遅延抗菌薬戦略」の有効性を評価します。
方法
2009年から2012年に、スペインの4つのプライマリケアセンターで研究されました。
対象となる患者は18歳以上で、急性咽頭炎、鼻副鼻腔炎、急性気管支炎、または軽度から中等度の慢性閉塞性肺疾患(COPD)の悪化を持っていました。
すべてのケースで、医師は抗菌薬を投与するかどうか考えました。
患者は次の4つの戦略中から1つがランダムで採用されました。
- 即時抗菌薬戦略:最初に受診したときに、抗菌薬が処方され、その日のうちに内服するように指示。
- 処方箋戦略:最初に受診したときに、抗菌薬の処方箋が渡され、その処方箋で3日後に受付で抗菌薬を入手するように指示。最初の数日間で状態がかなり悪化したときは再受診、5-10日後に症状が改善しないときは抗菌薬を内服する。
- 患者主導戦略:最初に受診したときに、抗菌薬が処方されるが、最初の数日間で状態がかなり悪化したときや、5-10日後に症状が改善しないときに抗菌薬を内服するように指示。
- 抗菌薬不使用戦略:最初に受診したときには抗菌薬を処方しない。再診の必要が生じたり、5-10日後に症状が改善しないときは再受診するよう指示。
2の処方箋戦略と、3の患者主導戦略が、いわゆる「遅延抗菌薬戦略」に相当します。
すべてのグループで「最初の数日間は悪化するのが普通です」と説明されています。
主要評価項目は症状の期間と重症度です。
副次評価項目は、抗菌薬の使用、健康管理に対する満足感、抗菌薬の有効性に対する信念、および仕事を休んだ期間です。
また、合併症(肺炎、膿瘍、蜂巣炎など)のリスクと予定外受診の頻度も調査しました。
結果
398人が調査されました。
平均45歳です。
46.2%が咽頭炎で、32.2%が気管支炎でした。
最初の診察時は症状が出てから6日目が多かったです。
非喫煙者は80.1%でした。
抗菌薬を即時使用する戦略は、確かに症状の期間を1日程度短くするようでした。
抗菌薬の使用率は次のようになりました。
- 即時抗菌薬戦略:91.1%
- 処方箋戦略:23.0%
- 患者主導戦略:32.6%
- 抗菌薬不使用戦略:12.1%
4つの群で、予定外受診の頻度や、重症化して高次施設に緊急搬送となるリスクは変わりませんでした。
仕事を休む率は、処方箋戦略や患者主導戦略のように抗菌薬を遅らせた群のほうが、即時抗菌薬戦略よりも少ないという結果でした。
患者満足度は4つの群で変わりませんでした。
抗菌薬が効いたという抗菌薬信仰は、即時抗菌薬戦略でもっとも高かったです。
ディスカッション
遅延抗菌薬戦略群は即時抗菌薬戦略よりもわずかに大きい症状と期間をもたらすようです。
いっぽうで、遅延抗菌薬戦略は抗生物質の使用を著しく減少させました。
処方箋戦略は、患者主導戦略よりも低い抗菌薬使用率となりました。
これは過去の研究と同じ結果です。
おそらく抗菌薬をもらうためにまた診療所に行かなければならないという煩わしさが、抗菌薬の制限に一定の役割を果たしたのだと思います。
私の感想
今回の論文はさっそくコクランレビューに組み込まれています。
当然ですが、ランダムで戦略を選ぶというのは実際の診療ではありえず、問診、診察、検査結果によって抗菌薬の有無は決定されるべきです。
それでも、もし仮にランダムで戦略を選んだとしても、成人であれば症状期間が1日変わったという程度で、重症化率に差がないというのは大きな発見です。
患者主導戦略は実際にはできないです。
抗生剤を処方しておきながら、飲むかどうかは患者さんに委ねるというのは良いのですが、もし患者さんが飲まなかった場合、または数日だけ飲んだ場合、患者さんの手元には使わなかった抗菌薬が残ります。
今後「ちょっと鼻が出たとき」とか「明日は重要な会議だというとき」とかに、使うべきではない抗菌薬を使うかもしれません。
これは無意味であるだけではなく、有害です。
処方箋戦略も、もし3日後に抗菌薬と引き換えなかったら処方箋料が無駄になってしまいます。
実際の遅延抗菌薬処方は「初診時には抗菌薬を出さず、3日後に再診してもらい、症状が改善傾向になければ抗菌薬処方する」という戦略となるでしょう。
これはすでに中耳炎や副鼻腔炎のガイドラインに記載されています。
小児急性中耳炎診療ガイドライン2018では、軽症の中耳炎に対して3日間の経過観察を行い、3日後に改善がなければ抗菌薬を処方します。
軽症の副鼻腔炎においても、急性鼻副鼻腔炎診療ガイドラインでは5日間、アメリカ小児科学会は3日間の経過観察を最初に行います。
アメリカ小児科学会の副鼻腔炎ガイドラインは、小児科医の実臨床でも取り入れやすいので、私もよく使っています。
詳しくはこの本の「頭痛」のページ(p64-65)に書きました。
小児呼吸器感染症ガイドライン2017にもCRP3以下なら待ってOKという記載があります。
もちろん全身状態をしっかり評価することが大切ですが、状態がよければ「3日待つ」という選択肢は実践的なテクニックとなりえます。
Source: 笑顔が好き。
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