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神の詩 第5章八・九節 1/5

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神の詩 第5章八・九節 「真我に意識を集中した聖者は、見たり、聞いたり、触れたり、嘆いだり、食べたり、動いたり、眠ったり、呼吸したり、話したり、排池したり、つかんだり、目を開閉したりしていても、「私は何もしていない。感覚がその対象に働いているにすぎない。」と考える。(八、九)」「真我に意識を集中した聖者」普遍意識の光の中は、三つのグナによって支配されている行動とは離れているため、潜在印象を残すことはありません。またそこから外れることもありません。あらゆる活動を行いながらも、行動から完全に離れた実存の領域に守られていることになります。ここが無執着の基盤となります。肉体を持ち五感を使って行動しながらも、真我の安定した境地に根ざしているため、五感は五感の対象の中でのみ活動していることになります。五感の対象を感じるのが地球の大気の層に喩えたら、そのまま意識の基盤は大気圏を超えて宇宙空間に在るようなものです。それが大型台風のような激しい大気の流れであったとしても、宇宙空間には何ら影響を与えません。これが、五感を利用した生命層で活動しながらも、もう一つの静謐なる生命層に生きていることになります。この二層があるから、放棄によって大きく変容できるのです。続きます。光の魂たち 山岳編序章 人の御魂を磨く聖なる山々森井 啓二きれい・ねっと2022-04-22今日もありがとうございます。ブログランキング

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