製薬会社よどこへ行く

内科医

 我々医療従事者にとって,製薬会社との付き合いは切っても切れないものです.

 製薬会社の担当MRさん(以前はプロパーと呼ばれていました)が,製品の宣伝も兼ねてスタッフ全員を対象とした院内勉強会を開いてくれることが時々あります.

 先日ある製薬会社の勉強会の当日の朝,その段取りに関するちょっとした質問があったためMRさんに連絡を取ろうとしたのですが,少し早い時間であったこともあってか携帯電話がつながりません.
 少し急ぎの要件だったため,神戸営業所に連絡してみましたが,番号は現在使われていませんとのこと.コロナ禍でリモートワークが普及して営業所の閉鎖が相次いでいると聞いていたので,ならば大阪営業所ならどうかと思い電話すると,なんとそれも現在使われていませんとのこと.
 やむやく,名刺に書いてあった0120で始まる共通番号にかけましたが,無機質な音声案内での番号選択が延々とつづき,なかなか該当する要件の番号に辿りつかず,しかも診療時間が近づいており,途中で面倒になって切ってしまいました.
 この件,担当者に訊くと,もうこの製薬会社は全国の営業所を廃止して東京本店のみとし,連絡は担当MRさんの携帯あるいはこの全国共通番号のみになったのことです.

 他の製薬会社でも同様の傾向がみられ,業務の効率化や経営のスリム化を図るため,どんどんオフィスを閉じて東京本社のみに集約し,連絡手段も担当者の携帯やメールか自動音声の1本に集約,MRの数もどんどん減らされているようです.

 それから,新しい薬剤の情報提供をしてくれるのはありがたいのですが,最近は,では今までの同類の薬と比べてどうなのか?という質問をしても,他社の製品との比較は誹謗中傷に当たるのでできないと言われることがほとんどになりました.なんとも釈然としません.

 MRさんが説明会で使うことのできるスライドも会社で厳しく審査を受けたもののみで,彼等が自分で独自に工夫を凝らして作ったようなものは許可されないとのことです.
 モノトーンなテンプレートに細かい字で統計データや専門用語を散りばめただけの無味乾燥なスライドばかりでは,私には理解できてもスタッフには全然面白くないだろうと思わざるを得ません.

 ホテルなどの会場で行っていた製薬会社主催の講演会は,コロナ禍をきっかけにWEBあるいはハイブリッドでの開催となることが多くなり,この点は便利になったと言えばなったのですが,診療時間に重なっていたりして視聴できないことも多い.
 それならば時間のある時に視聴できるようにオンデマンドで配信してくれればと思うのですが,著作権云々とかでほとんどの場合が不可,ではせめて内容のレジュメくらいは貰えないのかと訊いても,またまた著作権とやらを持ち出されてほぼ不可能です.

 いったい,なぜこのような,何をするにも制約ばかりのガチガチの状態になってしまったのか?

 つい十数年前までは,我々と製薬会社の間には,良し悪しは別として,もう少し自由で濃密な関係が築かれていました.

 以前はMRさんたちが訪問のついでに製品名や会社のロゴが入った文房具や小物やカレンダー等をよくくれたので,助かりました.
 接待も多かったですし,医局旅行やゴルフや宴会にも帯同してくれていました.
 MRさんと個人的に親しくなることもあり,私も彼らの何人かとは未だに年賀状やフェイスブックなどで繋がっています.

 ただ,そういった風潮があまりにも行きすぎて,悪く言えばズブズブの関係になって利益相反が起こり,特にこの世界は人の命に関わる分野ゆえに社会の眼も厳しくなって見直しの風潮が高まり,外資系製薬会社を皮切りにどんどん規制が厳しくなったわけです.

 大病院と製薬会社が癒着したり,薬剤の採用を盾にとって上から目線で個人的なことにまでMRさんたちを利用したりするといった,倫理にもとるような事例も珍しくなく,ある意味調子に乗りすぎていた我々医療従事者側にも大いに反省すべき点はあります.

 それに営業所やMRを減らして賃料や人件費を削減するのは会社の経営上やむを得ないこととも思いますし,コロナ禍をきっかけに始まったこの流れは止まらないとは思います.
 特に我が国は少子高齢化が猛烈な勢いで進んでいることや,企業の労働生産性が先進国の中でも極めて低いこと等,高度成長期の栄光にあぐらをかいてしまったツケが,失われた20年と言われる日本社会の停滞をもたらしてしまったわけで,過激なくらいの改革は待ったなしであることは間違いありません.

 しかし,それによってコミュニケーションの希薄化や,サービスの低下さえ引き起こしているのであれば,本末転倒ではないのかとも思います.

 それから,これは現場を知らない厚労省の医系技官たちの愚策の結果ですが,いつの頃からかコンプライアンスという言葉がやたらと一人歩きしているようです.
 他社製品との比較が誹謗中傷に当たるというのならば,いったい何をもって薬を選ぶ基準とするのか?ということです.
 少しでも効果が優れて副作用の少ない薬が出ればそちらを使いたいと思うのは自然ですし,全く同じ薬効の薬であれば,一生懸命宣伝説明してくれる側の薬を使おうと思うのが人情というものです.

 パンフレットに書かれた情報だけを単純に伝えるだけなら情報提供者としてのMRの存在は不要ですし,現にMR自体がどんどん減らされているのを見ると,さもありなんと思ってしまいます.

 著作権についても,映画や書籍と同じような考えなのでしょうが,演者にきちんと承諾を得て,使用範囲を限定するような仕組みを作ればいいだけではないでしょうか?

 出入りのMRさんたちと話をしていても,皆現場をおかしいとは思っているようですが,いかんせん雇用される側としてはなかなか声を上げづらいとのこと,やむを得ません.

 結局は,どの業種もそうかもしれませんが,彼らと私たちの関係は,以前のような「ウェットな」関係から,どんどん欧米式の「ドライな」関係になっていくのだと思います.

 ただ社会というものは試行錯誤しながら進んでいくものですし,今はかなり極端な方向に舵が切られていますが,小さな声が積み重なることによりまた少し揺り返しが来て,もっと柔軟性のある方向に向かえばと思います.

 MRさんたちと美味しいものに舌鼓を打った「ウェットな」関係の日々が懐かしいなんていうと,叱られますでしょうか?(笑)


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Source: Dr.OHKADO’s Blog

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