2022年6月15日
「天界が人間に下し得(う)る “裁き”とは何か。
それは、自らその(魂の)輝きを穢(けが)すことを、最大の罪と見なす。
魂を穢すとは、各々が何ゆえにこの地球に再び転生し、何を成すべきかという“基点”を忘れ去り、愛を忘れ、和を乱し、我欲を貪(むさぼ)るままに時(=日々)を歩むことである。
その意味では、単に“良し悪し”に神は断ずる(=判断する)のではない。
むしろ、各々の魂にとりてもっとも適う人生の道筋、成すべき物事、あるべき姿、それらが見事にその者の“道”(=人生)として敷かれ、この道こそを、現象界という領域にて踏み外すことの無きよう、適う場、適う瞬間(しゅんかん)にて神は裁きを下すのである。
天界の神々と契り交わしたその使命、己の本分を全うするか否かーーー 地上に降り立ちてより命尽きるその日まで、絶えることなく、そして飽くなきまでに、神はつぶさに(その姿が)照覧することを、人は今こそ深く解する(=理解する)べきだろう。
裁きにて人の優劣(高低・尊卑)などつけるべくもない。
裁きとして断ずるのは、他でもない、神とその者との魂の契約に則るがこそ。
何もかも、人間たる生命のその麗しき輝きが地上に花開き、そしてまた人類の歩みの“燈火(希望・指針)”として煌々(こうこう)と世を照らすがため。」
以上
***
※応援して下さる方は、下の2箇所のクリックをしていただけますと、大変励みになります。
■精神世界ランキング
■人気ブログランキング
※ご質問はコメント欄へお寄せください。
内容を拝見し、お答えが可能なものに関しては、順次ブログにて回答を掲載させていただきます。
***
Source: 神々からのメッセージ
コメント