神の詩 第五章十二節 9

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 神の詩 第五章十二節 9

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「心を統一した者(ヨーガ行者)は、行動の結果を捨てて、究極の平安に達する。心を統一していない者は、欲望のままに行動し、結果に執着して束縛される。(十二)」

続きです。

いつでも
澄み切って
すべてをありのままに映しだすものに、
鏡があります。

日本では、
鏡は三種の神器の一つでもあり、
天界に還り、
神と合一するための道具の一つです。

古代から現代まで宮中で伝わっている儀式に、
「御鏡御拝(みかがみぎょはい)の行」
というものがあります。

この鏡の真意については、
このギーターをよく理解出来れば自ずとわかると思います。

自分で自分の眼球が見えないように、
真の自分自身も
直接は見えず、
心の水面を通して知覚されます。

人は、
心に映る自分の像を
自分自身とみなすことになります。

心の鍛錬によって
水面を静謐に保つほど、
自分の本当の姿がよく見えてくるはずです。

心の作用の止滅とは、
この水面が
完璧に静謐になり鏡のようになった状態を意味します。

画家の東山魁夷がモチーフとしてよく使用した御射鹿池という池があります。
ここは水面に森の景色がよくうつることから、
最近は観光地となりました。

対岸の樹々が
美しく水面に反映されるのです。

これはこの池が、
地形的に風が吹きにくい場所にあることと、
池の中に魚がいないため、
水面が揺れにくいのです。

池は、
外側から風が吹いても、
内側から魚が水中を泳いでも、
水面が揺れ動きます。

揺れ動く要因が無ければ、
静かに美しく周りの景色を映し出すのです。

でも最近は観光地となって、
大きな駐車場も出来て、
人の流れも多くなり
以前のような静かな水面では無くなってきたように感じます。

心も同じことです。

続きます。

君が代から神が代へ 上巻
森井 啓二
きれい・ねっと
2018-12-18


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Source: ひかたま(光の魂たち)

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