O君と私の性質。

中学1年のときだった

私のクラスの担任は
背が高くひょろっとした体型の、
歴史の男性教諭

ちょっと(いや、“けっこう”か)
陰気なところがあり、
気に入らないことがあると、
自分一人でさっさと授業を進める癖がある

たとえば、生徒が私語をやめない

注意しても、
いつまでも教室の中ががやがやしていると、
彼のその陰気さが沸点に達する

もともと小さな声の彼

その声はさらに小さくなり、
生徒を完全無視したまま
どんどん授業を進めていくのだ

「あー、また先生いじけたよ」

ぼそぼそと聴き取れない先生のその声に
生徒はようやく集中をはじめる

そんなこんなで、
歴史の授業はいつも暗かった

ある日のホームルーム

5~6人が班になって
机を向かい合わせにグループを作り、
様々な議題に意見を交わす、
私には苦手な時間

私はいつものように
自分の意見は発言せず、
ただうつむいてみんなの話を聴いていた

私の向かいには、O(オー)君

彼も私と同様うつむき、
手持ち無沙汰の様相を見せている

ホームルームが終わり、
みんなが席を立つ

放課後に向けて、
掃除をする人、
部活に行く人...と、
それぞれが準備に入る時間だ

私と彼も席を立とうとしたそのとき、
担任がこっちへやって来た

「O君、佐藤さん、
 ちょっと話があるから」

と、
陰気な担任はO君の隣の席に腰を下ろした

「え? なになに?」

と、周囲は少しざわつく

「え?
 私たちはここにいなくてもいいの?」

と、同じ班の人たちも戸惑っている

そして担任が徐に口を開く

「お前らさ、
 なんで話し合いに加わらないの?

 お前ら、いつもそうだよな。
 “自分は関係ない”みたいなさ。

 なんで?」

驚いた

私は意見こそ出さないが、
話し合いには参加しているつもりだった

が、担任には
そうは見えていなかったのだ

担任の問いに、O君は黙っている

なので私が口火を切った

「みんなの話は聴いている」

「ふぅ~ん、話は聴いているんだ。
 じゃあ、なんで意見出し合わないの?」

  “意見”か...

  正直、
  自分の考えていることを言葉にできない

  文字に起こすことは得意なのに、
  発言はできないのだ

  万が一発言したところで、
  それが観点のずれた意見かもしれない

  それに私が発言することで、
  ほかの人の話す機会を奪ってしまうことにもなる

  “自分が”“自分が”と、
  自分の意見を押し通すこともしたくない

  それに、反論されるのも嫌いだ

  反論されるくらいなら、
  なにも言わない方がいい――

それは私なりの防衛策でもあったのだ

が、それでは通用しないらしい

考えてみれば、O君もおとなしい性質

誰かと話をしているところを
ほとんど見たことがなかった――

朝、なぜか、
そんなO君のことをふと思い出した

  もちろん、
  あの陰気な教師も一緒に

そんな今では、私が

「無口な子どもだった」

と言うと、
ほとんどの人は信じてくれない

今に至るまでは、
たくさんの経験と年齢を重ねてきた

乳がんになり、
大勢の人たちの前で講演をするなど、
きっと、当時の私を知っている人たちには
考えられないことだろう

私の母でさえ、

「あの子が講演???
 あの子が人前で話せるの!?」

そう驚いていたようだから

母は、自ら人の前にガンガン立つタイプ

が、私は引っ込み思案で
そうではなかった

最近、

「やっぱり私は、あの母の血を引いているのだな」

と、思う

変わったこと...

変われたこと...

これも乳がんに感謝かな...

これもきっと、
がんになったからこそ、できること

もっともっと
できることはあるはず

もっともっと
伝えていかなければならないことがあるはず

乳がんになった私にできること――

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Source: りかこの乳がん体験記

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