短期間の投与では すばらしい血糖値低下効果を示した グルコキナーゼ活性化薬 MK0941 は,投与期間が長引くにつれて次第に効果が薄れてしまいました.
その原因は,あまりにもグルコキナーゼの活性を高めてしまったために,肝臓の処理能力を超えるグルコース取り込みを行ってしまったからだと,推定されています.
もう一度,MK-0941の特徴を見てみましょう.
たしかに 100mg/dlを上回る高血糖の領域では,大きく活性を高めて 肝臓での糖取り込みを促進するようになりました.
しかし 緑で網掛けした部分をご覧ください. この領域は 100mg/dlを下回る『低血糖領域』です.グルコキナーゼの活性を高めたのはいいのですが,低血糖領域,すなわち本来 糖取り込みを停止しなければならない領域でも積極的に糖を取り込んでしまようになってしまいました. これでは血糖値の『速度計』の役目は果たせません.実際 MK-0941の第2相投与試験でも,副作用として目立ったのは低血糖症状でした.
100mg/dlを境にして,それより低血糖では働かず,それより高血糖の場合にのみ糖を取り込む,これが『グルコキナーゼ活性薬』に求められる特性だったはずです.
それではどうすればいいのでしょうか?
グルコキナーゼの特性の秘訣
それを考えるには,なぜグルコキナーゼが『低血糖ではグルコースを取り込まず』,『高血糖になった時だけすばやくグルコースを取り込む』という 絶妙な動作ができるのかを解明せねばなりません.
また MK-0941(だけでなく,初期に開発された グルコキナーゼ活性化薬はほとんどすべてそうなのですが)が,グルコキナーゼのどこにどのように働きかけて動作特性をガラリと変えてしまったのか,その理由も解明せねばなりません.
実は,この二つに対して,この記事でも紹介した Kamata論文(2004年)は すでに答えを出していました.
論文発表時点では 推測に基づく部分もありましたが.結果としてそれを含めて,この論文はグルコキナーゼの特異的な動作特性(Sigmoid),及び グルコキナーゼ活性化薬がそれをガラリと(Hyperbolicに)変えてしまうメカニズムを解明していたのです. したがって この論文は現在でもなお多くの文献に引用されています.
グルコキナーゼの3変化
世の中には『なんとかを食べて酵素パワーで長生き・健康!!』などという記事があふれていますが,実は人体の中には数千種類もの酵素が存在しています.
酵素は生体内の化学反応を促進するものですが,常に活発に働いているのではなく,普段は活動せず必要な時のみ活動する酵素もあります. すべての酵素がいつも必要とは限らないからです. このような酵素は,作動していない時は 【不活性型】,作動するときには【活性型】となります. つまり必要に応じて 構造を変えているのです.
グルコキナーゼもその一つです. グルコキナーゼの構造はこういう形です.
大きく二つの部分に分かれています.大きな塊が[大ドメイン],小さい方が[小ドメイン]と呼ばれます.両者をつないでいる部分が[結合部]です.グルコキナーゼは,大ドメインと小ドメインの間の空間に グルコース(=ブドウ糖)とATPを取り込んで,グルコースをリン酸化します.
Kamata論文によれば,グルコキナーゼのもっとも安定な姿勢は,この図の[5]だそうです. 顎(小ドメイン)を大きく開いてリラックスしているように見えるので Super-Open型と呼んでいます.この状態では,仮にグルコースが飛び込んできても,開けっぴろげなので すぐに水に流されてしまいます. 広げている顎を閉じれば([6]→[4]),グルコースは逃げにくくなりますが,かなり時間がかかる動作です.
顎を完全に閉じれば([2]),グルコースは脱出不能になります.[4]はOpen型,[2]はClosed型です. [2]の状態ではATPは引き寄せらるように取り込まれるので([1]),ただちにリン酸化反応が起こって,リン酸化されたグルコース(G6P)と,リン酸基一つを失ったADPは放出されます([1]→[3]].
この状態で,周囲にまだグルコースが沢山あれば(=高血糖状態であれば),すぐにグルコースが取り込まれ([3]→[4]),以下 [4]→[2]→[1]→[3]のくり返しになります. この動作はグルコース濃度が高い時は,そして血糖値が下がるまでは,極めて高速で行われます. つまり高血糖状態ではグルコキナーゼは,猛烈な勢いでグルコースを取り込んでリン酸化していくのです.よって[1][2][3][4]は,グルコキナーゼの【活性型】です.
しかし,グルコース濃度が低い時,つまり低血糖状態では,周囲にグルコースはほとんどいないので,グルコキナーゼはしばらく待ってもグルコースがいなければ,楽な姿勢[5]に戻ってしまいます. この状態はグルコキナーゼの【不活性型】です.なぜなら再び[4]になるには,ぶら下げていた顎を閉じなければいけないからです.
以上の動作を見れば,なぜグルコキナーゼが低血糖時と高血糖時にまるで違う動作をするのかが納得できます.低血糖時には【不活性型】,高血糖時には【活性型】とまるで別物に変化しているからです. そしてこの動作を行うことによって,肝臓や膵臓に対して,現在低血糖なのか高血糖なのかを知らせているわけです.
『環境に応じて正反対の動作をする』そういえばこれに聞き覚えがないでしょうか?
そうです,赤血球に含まれているヘモグロビンです.ヘモグロビンは酸素の豊富なところ(=肺胞細胞)では酸素を取り込み,酸素の必要なところ( ex.脳細胞)では酸素を放出します.
ヘモグロビンが,酸素をいくらでも取り込むけれど決して手放さない,あるいはその逆だったら人間は死んでしまいます.生体の酵素は(広くはすべての生化学反応は)どちらにも偏らず,いつもつり合いをとるように働いているのです.
[続く]
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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