水と医療と安全と(再び)

内科医

*過去に書いたブログをクリニック通信に掲載したところ,とても大きな反響をいただきましたので,今回Version upして再度掲載します.(手抜きですみません(笑))

   先日,上映中の邦画「空母いぶき」を観てきました.

  令和の時代が幕明けし,誰しもが今後も平和な時代が続いていくことを願っていますが,国際情勢がかつてなく不安定な昨今,深く考えさせられる映画でした.

  戦後の奇跡的復興による繁栄と平和を謳歌し,紛争やテロは遠い世界のことだと感じてきた我々日本人は,「水と安全はタダ」だと思っているなどと揶揄されるようことがあります.
  けれども,すでに2013年のアルジェリア人質事件,2016年のダッカ襲撃事件などで,何人もの日本人が殺害され,日本人の意識改革が迫られています.

  水道をひねれば飲むことさえ出来る水が出て,スイッチを押せば電気がついてガスが出る.電車やバスはほぼ間違いなく定刻通りに駅に到着し,交通規則はきちんと守られている.銀行や店でおつりをごまかされることはないし,最近少し治安が怪しくなったとはいえ,レストランで場所取りのためにカバンを椅子に置いても盗まれることはまずなく,道を歩いていていきなり殺されるようなことなど滅多にない…
 
  格差社会とはいっても,小中学校に行けない子供はほとんどいないし,職種さえ選ばなければ仕事が全くないということもなく,生活保護制度があるので最低限の生活は何とかなり,ホームレスが餓死するようなことはニュースになるほど珍しい…こんな当たり前のことが,実は日本以外の国では全く当たり前でないのは言わずもがなです.

  さらにこのことは,医療についても当てはまります.離島や僻地など医療過疎の問題はあるにしても,医療の恩恵に全くあずかれないような地域はほぼ皆無で,血液検査やレントゲンや胃カメラのような基本的検査は言わずもがな,CTやMRIなどの高度な検査や大きな手術でさえ,いつでもどこでも,そしてどんな人でもほぼ平等に受けられます.医療レベルは世界屈指で,しかも世界に誇る国民皆保険制度によって,どんなに高度な医療でも少ない自己負担で,しかもフリーアクセスで受けられ,医療を受けられずに命を失うようなこともそう滅多にない.
 
  かつて海外在住邦人医療相談という事業に参加し,3週間ほどケニアやタンザニアなどのアフリカ諸国を訪れ,医療施設も視察したことがありますが,一流といわれる病院でも日本とはソフトハードとも雲泥の差で,まともな医療を受けられるのは金持ちのみ,それでも心臓外科のような大きな手術が必要になれば国外で受けざるを得ないというような事情を聴き,唖然としたのを忘れられません.

  作家の曽野綾子氏は,水道や電気やインターネットや公共交通など,高度に発展した社会インフラと,世界に類をみない治安の良さに恵まれている私たち日本人は,あまりにもそれを当然のこととして慣れてしまい,そのありがたさ,そして自分の身を守るすべや意識を忘れてしまったのではないかと述べています.
 
  私は,医療に関しても同じことで,世界広しといえど,これだけすぐれた医療技術とシステムの恩恵にあずかっている国は日本以外にはないのだということを日本人はいま一度認識すべきだと思います.病院食がまずいとか,待ち時間が長いとか,職員の対応が悪いとか,医療過誤だとか,そういったことばかりがクローズアップされ,バッシングの対象にさえなる今の日本の医療,私はそれらが些細なことだというつもりは毛頭ありませんが,よく言えば医療の質がどんどん上がってサービス業というレベルまで昇華されてきた証であり,悪く言えば,日本人はそれだけ贅沢になってしまったのだと感じています.

  実は今,少子高齢化や医療費の増大で,この国民皆保険制度は崩壊の危機にさらされています.政府は入院期間の短縮,在宅医療の推進,ジェネリック薬品の推奨,薬価の引き下げなど,様々な施策で対処していますが,焼け石に水といったところで,このままでは近い将来,我が国も米国のように民間保険主導にシフトせざるを得なくなり,そうなればまさに受けられる医療を松竹梅で選ばざるを得なくなるかもしれません.

  我々日本人は,「水と安全」のみならず,「医療」も決してタダではなく,先人の血のにじむような努力によって築きあげられてきた貴重な財産であることに思いを馳せ,そしてその財産を守り続けていくためには,そのありがたみをしっかり認識する必要があるのではないでしょうか.


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Source: Dr.OHKADO’s Blog

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