遺伝子変異
「家族性コレステロール血症」という症状があります. LDLコレステロールが常に高くなってしまう病気です.「家族性」という名前から,いかにも家族の誰かが原因を作っているかのように誤解されやすいですが,これは英語の Familial Hypercholesterolemiaを直訳したからであり,実際は完全に遺伝性の病気です.
遺伝子変異により 本来肝臓に存在するLDL受容体が欠損していて,LDLが分解処理されずに蓄積してしまうため,食事や生活習慣などとは一切無関係にLDL値が高くなってしまいます.
DNAは父親からのものと母親からのものが一対になっています.したがって遺伝子変異にも2つのパターンがあります.
LDL受容体を作れない遺伝子を両親から共に受け継いだ場合はホモ型(右図),すなわちDNA対の両方がLDL受容体を作れないので,LDL値が常時非常に高くなります. 一方 両親のうちのどちらかが正常遺伝子で,他方が変異があった場合には,ヘテロ型(中央)となり,ホモ型よりは症状が軽くなります.
ただし,軽いとは言っても,ヘテロ型のLDL値は 健常者の2倍以上であり,ホモ型がさらにその2倍以上なので,放置していたら 若年のうちから急速に動脈硬化が進行します.
原因が遺伝子変異ですから,治療法は対症療法,すなわちスタチン投与となります.
今回の 第26回 日本病態栄養学会にて,これと似た症例が報告されていました.
O-178:脂質制限により血糖が改善した1症例
太田綜合病院 渡邉悦子先生からの報告です.
事前に発表された口演抄録には『血糖の改善が見られず,中性脂肪が高値の患者に脂質制限食を指導したところ,血糖が改善した』とあったので,てっきり食事療法により改善した糖尿病症例かと思ったのですが,実はこの人は遺伝子変異が原因のLPL(リポ蛋白リパーゼ)が作れない「LPL欠損症」だったのです. LPLは血液中の中性脂肪を分解する酵素なので,これが作れないと 中性脂肪が信じられないくらい高くなります. 通常 中性脂肪の基準値は 50~150mg/dlですが,LPL欠損症では桁違いに高くなります. この報告症例では ピーク時には 4,000~7,000mg/dlにもなっていたとのことです.
血液中にこれほど中性脂肪が増えると,血管中の脂肪粒が組織を物理的に圧迫して 急性膵炎を起こしやすくなります. 実際 この人も最初に発生したのは急性膵炎でした.その時点ですでに中性脂肪が高いことは判明していたのですが,膵炎の結果だと判断されたようです.
その後,血糖値が高いことから糖尿病の治療は受けていたようですが,白内障手術の時に,血糖値だけでなく あまりにも中性脂肪が高いので遺伝子検査をして初めてLPL欠損症(ただしヘテロ型)と判明したようです.
これも原因が遺伝子によるものですから,治療は対症療法,すなわち 脂質を極度に制限する食事療法を採用するしかなく,症状の改善をみたようです.これがタイトルの『脂質制限により血糖が改善した』の意味でした.しかし,口演のタイトルと内容とがまるで一致していない症例報告でしたね.
以上の2つの遺伝子変異に基づく病気は,ホモ型はもちろん,ヘテロ型であっても かなり深刻な症状を起こすパターンです. 遺伝子変異症のすべてがこうというわけではなく,ヘテロ型では ほとんど正常人と変わらない あるいはまったく無症状のものもあります.
ところで 「家族性コレステロール血症」でも「LPL欠損症」でも,ホモ型は 百万人に一人またはそれ以下ですが,ヘテロ型は意外に多くて 数百人に一人ほどの頻度と見積もられています. つまり それほど珍しくないのです. ただしヘテロ型では ホモ型ほど症状が激しくない人もいるので,見過ごされやすいのでしょう.
暴飲暴食しているわけではない,それどころが,医師の指示をきちんと守って食事にも気をつけているのに,健康診断のたびに いつも『LDLや中性脂肪が高すぎる』と指摘されている人は,ひょっとすると ヘテロ型の遺伝子変異を持っているのかもしれません.
[続く]
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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