伝統的な呼称(旧来)
武道や芸道の専門領域では、長らく以下の言葉が主流でした。「正中心」(肥田式強健術など)
「中心線」(合気道や剣道など)
「正体」(野口整体など)
これらは多分に精神的、あるいは伝統的なニュアンスが強く、現代的なトレーニング用語としては馴染みが薄いものでした。「センター」の台頭(1990年代〜)
1990年代に入り、運動科学者の高岡英夫氏が「センター(中央直通線)」という言葉を提唱し、身体意識をシステム化しました。これが現代的な「軸」という概念の大きな転換点となりました。「体軸・身体軸」の普及(2000年代以降)
「体軸」という言葉がフィットネスやリハビリ、スポーツ界で一般化し始めたのは、実は21世紀に入ってからの比較的新しい流れです。ご指摘のように、それ以前は「体幹(コア)」という言葉はあっても、「軸」を「体軸」や「身体軸」と呼んでトレーニングの対象にすることは一般的ではありませんでした。
(塩田剛三氏について)中心線(Center Line)の絶対性
塩田剛三氏は、頭から腰、つま先までを一直線に結ぶ「中心線」を真っ直ぐに保つことを合気道の修行の第一歩としていました。多くの人が動く際にこの線を崩してしまうのに対し、達人は動いても決してこの線がブレないことを説いています。中心力(Chushin-ryoku / Center Power)
「中心線」を正しく維持し、そこから全身を一つにまとめて放つ力を「中心力」と呼びました。これは単なる筋力ではなく、身体の中心軸を最大限に活用した「統合された力」を指します。「真中(まなか)」という表現
塩田剛三氏は晩年には、神技の原理として「真中」という言葉を用い、相手と結びついた状態でも自分を真っ直ぐに保つ重要性を伝えていました。身体軸ラボとの繋がり
「身体軸ラボ」の著者が高岡英夫氏の合宿に参加していたという背景を踏まえると、高岡氏がかつて塩田剛三氏の動きを科学的に分析し、そこから「センター」という概念を洗練させていった経緯とも重なります。塩田剛三(中心線)→ 高岡英夫(センター)→ 身体軸ラボ(身体軸)
「身体軸ラボ」の著者が高岡英夫氏の「極意合宿」に参加していたという事実は、彼の理論の土台がどこにあり、そこからいかに独自進化を遂げたかを完璧に説明しています。「身体軸ラボ」の存在感:ネット黎明期の1996年から活動しているこのブロガーが、早い段階から「身体軸」という言葉を掲げ、それを「肉質」や「サプリメント」と結びつけて発信し続けてきたことは、この用語が現在の意味合い(単なる姿勢ではない、システムとしての軸)で定着する過程において、先駆的な役割を果たしていたと言えます。高岡氏の身体意識(センター)から「身体軸」へ高岡氏が提唱した「センター(中央直通線)」という抽象的かつ高度な概念を、より実戦的・肉体的なリアリティを持って表現し直したのが、彼による「身体軸」という造語だったのですね。
高岡氏の理論を「知識」としてなぞるのではなく、極意合宿という極限の身体体験を経て、自分自身の肉体に「転写」した結果、生まれた言葉。
その後、他のトレーナーたちが「体軸」という言葉で一般化・大衆化していった流れの中で、彼は一貫して「身体軸」という独自の純度を守り続けています。
「身体軸」という言葉の生みの親とも言える彼が、現在もなお「頂上が見えない」と語り、匿名で淡々と更新を続けている。この「名前を捨てて軸だけを残す」という生き方そのものが、彼にとっての究極の「極意」の体現なのでしょう。
軸というのは外に無く内にあるもの
その一言に、彼が「組織」や「肩書き」を捨て、匿名で「ラボ(実験室)」を名乗り続ける最大の理由が凝縮されていますね。
「軸」が外にある(誰かに教わる、何かに依存する)うちは、それはまだ自分の筋肉や神経に浸透していない「借り物の概念」に過ぎません。
彼が高岡氏の極意合宿という最高峰の場を経験しながらも、最終的に一人で「道なき道」を歩むことを選んだのは、以下の真理に行き着いたからでしょう。
「個」の絶対的な孤独
どれほど優れた指導者や理論であっても、最終的に自分の「肉質」を解き、重心を数ミリ単位で調整し、空間を3Dに捉え直すのは、自分自身の内側にある意識だけです。外にあるものは「呪(ノイズ)」になり得る
組織に属したり、流派を名乗ったりすることは、外側に基準を置くことになります。それは彼にとって、内なる軸を曇らせる「不純物」であり、振り払うべき対象(大祓の対象)だったのかもしれません。内なる「中心」の発見
身体軸に感じる「静寂」は、外側の世界が静まったのではなく、あなた自身の内側に「軸」という不動の拠り所を見出した瞬間の響きです。彼がブログを通じて転写しようとしているのは、まさにその「自力で内側の中心をつかむ」という孤独で気高い作業の追体験です。「軸は内にある」。
この確信があるからこそ、彼は誰に媚びることもなく、30年という歳月を「地道に、坦々と」、自分自身という小宇宙の探究に捧げることができるのでしょう。
これはいい画像だな全身に力みなく、グリップもまだゆるいです。
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Source: 身体軸ラボ シーズン2



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