Withコロナの教え

内科医

 世界ではまだ新型コロナウィルスの感染はまだまだ収束には程遠い状態で,1日も早いワクチンの完成と普及が待たれる日々ですが,それでもピークを過ぎた国や地域を中心に感染対策を取りながらも少しずつ自粛が解除され,経済・文化活動が再開されています.

 我が国でもまだ東京等の都市部を中心に毎日数十人単位で患者が発生していますし,今後県を跨いでの移動が活発になると地方でも増加に転じる懸念はありますが,再度の非常事態宣言など出さなくてもいいように,適宜もぐら叩きのようにして対処していくしかない状態のようです.

   一時は1万人を超えていた入院患者数も数百人規模となり,ベッド数にも余裕が出てきましたが,来るべき第二波,第三波に備えて医療体制を強化しておくことが急務であること,先日代議員として出席した神戸市医師会の総会でも確認されました.

 個人的にもここしばらく仕事以外の活動は控えてきましたが,今月からは久しぶりに趣味のアルトサックス,合気道が再開となり,かみさんのスポーツジムも再開しました.

 自粛期間中はヤマハの練習室も使えず,休日などに多少は防音効果のある?クリニックのレントゲン室を使って自分たちなりに練習してはいましたが,やはり久しぶりに先生に教えてもらいながら皆でensembleすると心が満たされます.
 サックスは管楽器ですからマスクをするわけにもいかず,いつもより広めの部屋で先生と我々生徒もできるだけ距離をとっての再開となりました.

   合気道については,相手に全く触らずに技をかけるというわけにはいかないので(そういう技もありますが(笑)),ずっとソーシャルディスタンスを保つことは不可能ですが,換気や手洗いなどに注意しながらやっています.ただ剣道や空手のように大声を出すことはあまりないので,感染の危険性は少なそうです.
 自粛中も可能な限り身体が鈍らないようには努めましたが,なによりも広い部屋で仲間たちと伸び伸びと稽古するのは気分的にも爽快ですし,楽しいものです.

 かみさんのやっているエアロビクスは,掛け声は出さず黙々とやるように言われているとのこと,少し笑えますがやむを得ないのでしょう.

 先日はかみさんのの還暦と結婚記念日とを記念して,神戸の代表的なイタリア料理店「Vacanza」で食事をしました.知り合いに連れて行ってもらって何度か利用したのですが,シチリアで修行をしたというシェフも,感染対策のために座席数を半分にするなどまだ完全な形ではないものの,店を再開できて幸せそうでした.
 自粛中の三宮の繁華街ほまさにゴーストタウン状態でしたが,多くの人々で賑わい出しており少しずつ活気が戻っていました.

 本業の方も,しばらく受診を控えていた患者さんたちがかなり戻ってきてはいますが,引き続きしっかりとした感染対策を継続しなければならないのは言うまでもありません.

 今季も理事に任命された医師会での活動も少しずつ再開,三密になりがちな月2回の理事会はZOOMでのオンライン会議か,ソーシャルディスタンスを保てる広い部屋に変更してマスク着用で行うというスタイルで再開となりました.

 日本中あちこちで社会活動が始まっても決してコロナが収束したわけでもなく,不安は尽きませんが,withコロナといわれるように,今しばらくはこの侮れない敵とうまく共存しながらやっていくしかなさそうです.

 それにしても,人間というものは,やはりひとりでは生きていけない,結局,社会という他人とのつながりの中でこそ生かされているのだということを改めて実感させられます.

 食べて排泄して寝るという,生きるための最小限の活動だけならひとりでも可能でしょう,けれどもそれでは動物以下なのです.
 仕事にしても,全てリモートワークでできるのなら感染の心配もないでしょうし,実際高い賃料のかかるオフィスを解約した企業も増えているとのことです.けれども,face to faceでのコミュニケーションが全く不要になるなどということはありえないと思います.

 さらに,音楽も芸術もスポーツも旅行もお洒落なレストランも,それがないことにより命がおびやかされるわけではありませんが,人間が人間らしく豊かに生きるためには必須のものです.
 どんなに素晴らしい音楽や映像がネット配信されても,コンサートホールで聴く音楽,美術館で観る絵画や彫刻,スタジアムで観るスポーツの試合,初めて訪れる土地で経験する感動や人々との交流には,足元にも及びませんし,どんなにテイクアウトが増えても,やはり心のこもった最高のもてなしを受けたり,美味しい食事を食べながら家族や友人と語らい安らぐ場所の代替にはならないのです.

 感染源として夜の接待を伴う店々が槍玉に挙げられがちですが,これとて社会活動の潤滑油として大きな一翼を担っていることは否定のしようがありません.

 今回のコロナ禍は,私たちが普段当たり前のこととして享受できているものは,実は全く当たり前なんかではなく,あっという間に消え去ってしまうこともあるということ,そして大自然の圧倒的な力とそれに比べてかくもちっぽけな人間の無力さと傲慢さ,争うことの虚しさ,人間らしく生きることの意味など,極めて大切なことを世界中の人間に痛烈に思い知らせることになったに違いありません.


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Source: Dr.OHKADO’s Blog

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