第一・第二本宮より、さらに正面の門近くに配されているのが、今回お伝えする第三本宮です。こちらは、第四本宮とちょうど横並びになっており全体として興味深い配置です。
御祭神は、表筒男命(うわつつのおのみこと)です。
第一本宮の底筒男命、第二本宮中筒男命との三神で“住吉大神”と呼ばれます。続く第四本宮の御祭神、神功皇后の計4柱が、この境内にすべて御揃いとは、すでに“鉄壁”と思えるほどに神々の御威光を感じさせます。
本日は「より幸せになるために」をテーマに、神へお伺いした際の御言葉です。どうぞご一読いただけますと幸いに存じます。
Rinokia
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「自らの存在を、安易に“値踏み”してはならぬ(※ここでは低く見積もったり評価したりすることです)。
人は生まれしより、(人との出逢い・関わり合いを含めた)あらゆる機会を得て、徐々に人格(考え方・生き方)を形成していく。
この交わり(=人との関わり)は実に有り難きことなり。しかしながら、時に比する(=比較する)ことでにて、無用なる高低(尊卑)を下すものでもある。
幼き頃よりの自らの歩み(人生)は、(家族などの)身近な存在よりの影響が少なからず(=少なくない)。
(正当な)理由なき劣等(劣等感)、(自らの)力及ばぬ現実、あるいはこの世への不安や落胆 ーーー
たとえ僅かな(些細な)ことであれ、日々の積み重ねは甚大なり。
いつかは、“習い(=習慣)”となるのだ。
幸(幸福)よりもっとも遠のく者は、何より自らを(低く)値踏みする者。自らをうわべにては護り(=弁護し)つつ、内実、もっとも卑しめる(貶める)者である。
それは、愛しき我が子をこの世に産み落とした、神への不義理(=親不孝)と思うがよい。
自らに背負い込む、まるで鉛(なまり)のような劣等に、そなたはこの先いつまで苦しみ続けるのか?
神は、もっとも純粋にしてもっとも光輝く我が子らを、この世に産み落とした。誰一人として、苦しみ(悪)より出でる(生み出された)者はいない。
進みゆくべきは、幸ある(=幸福な)彼方へ。
以後(原始的なものへ)回帰するべく、時代は大きく舵を切る。
人もまた時代の変遷にあって、かつてなき多大なる進行(=大きな決断等)を迫られるであろう。
このさなかにあって、“原点回帰”が、世(世の中)の随所に現わされる。
この原点回帰の“基点”(=中核)は、まさにわれら神々の原始定めし、もっとも崇高なる姿(=自らを慈しむ姿)である。」
次回④へ続きます。
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Source: 神々からのメッセージ
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