どうしてそうなるのか
現在発見されている『2型糖尿病に関連する遺伝子』は300~400もあるというのが前回記事でした.ヒトの遺伝子データベースで糖尿病関係のリストを見ると;
このように,現在までに判明した多数の『糖尿病に関連する遺伝子』が登録されています.
しかしながら,これらは『2型糖尿病を発症させる遺伝子』ではなく『2型糖尿病に関連する遺伝子』です. その理由は以下の通りです.
遺伝子で判定できるMODY
2型糖尿病と異なり,この記事で 触れた MODY(Maturity Onset Diabetes of the Young;家族性若年糖尿病)という糖尿病は,完全に遺伝性であり,したがって遺伝子検査をすれば,MODYを発症するリスクを完全に予言できます.
MODYとは
MODYにも,その原因遺伝子によって 10種類以上あるようですが.その中の1つ MODY1は,20番目の染色体上に存在する HNF4Aという遺伝子の異常によって,膵臓β細胞内の転写因子の機能が不完全になるというものです.
転写因子とは,細胞増殖の際に 正しくDNAをコピーさせるものですが,転写因子が不完全の場合,β細胞の増殖に際して 一部の機能が完全にコピーされません.この結果,β細胞の機能が徐々に低下していきます.外見的には 徐々にインスリン分泌が減少していきます(しかし,インスリンを分泌する機能は失われていない.ただ分泌開始信号が送れなくなっただけ).しかし,その症状だけをみる限りでは 2型 又は緩徐進行性の1型糖尿病と見分けがつきませんから,1又は2型糖尿病と診断されている人であっても,実はMODYの人は結構いるのではないかとも言われています.
しかし,遺伝子を検査すれば;
MODY1の人には必ずこのHNF4A遺伝子の異常が存在し,正常人ではまったく見られません. つまり 遺伝子検査一発で 完全に『その糖尿病がMODY1かどうか』あるいは『現在発症していないとしてもいずれMODY1を発症するのかどうか』を決定できるのです.
遺伝子で判定できない 2型糖尿病
仮に,『MS-07B』(仮名)という遺伝子があったとします. このMS-07Bに異常な変異があるかどうかを調べたところ;
明らかに 2型糖尿病の人の方には,変異したMS-07Bが多かったのです.
5人や10人調べてこうだったというのであれば,偶然ということもあるでしょう.
しかし,何千人・何万人も調べてこうであれば,やはり この遺伝子変異は『2型糖尿病の人に有意に多い』ことは間違いありません.
したがって,MS-07B遺伝子は『2型糖尿病に関連する遺伝子』です.
しかし,ここで問題が起こります.
それは
『MS-07B変異遺伝子を持っているにもかかわらず2型糖尿病でない』人もいますし,
逆に『MS-07B遺伝子の変異を持っていないにもかかわらず2型糖尿病』の人がいることです.
前者は『いつかそのうち 2型糖尿病を発症するだろう』と見てもいいでしょう.しかし,後者はまったく説明がつきません.
つまりMS-07B遺伝子は,『2型糖尿病発症を決定する遺伝子』ではないのです. ただ2型糖尿病の人に変異が多い(しかし全員ではない),それ以上の意味付けはできません.
なお,上記の『MS-07B遺伝子』の例は架空のものですが,実際にはこれほど明瞭な差がついた遺伝子はまだ見つかっていません. 比較的 大きなものとして TCF7L2 (欧米人) とKCNQ1(日本人)とがありますが,それらにしても これほどのはっきりとした差はありません.
現在までに発見されている『糖尿病に関連する遺伝子』とは,実は すべてこうです. MODYの遺伝子異常のように,それがあれば必ず発症し/なければ絶対に発症しない,という具合にクリアに分かれないのです. せいぜい『糖尿病の人には相対的に変異が多く見られる遺伝子なのだから,糖尿病に何らかの関係があるのだろう』と,言えるのはここまでです. これが『糖尿病の遺伝的素因』『糖尿病になりやすい体質』などというあいまいな言い方しかできない理由です.
[5]に続く
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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