「一度きりの人生。後悔のないように...」――
ありふれた言葉ではあるが、
乳がんになって、
・人生は一度
・命には限りがある
・ひとはいつ、何があるかわからない
と、実感し、
「ならば、やっぱり後悔はしたくない」
そう思った
できれば最期は笑顔で逝きたい
できれば最期に、
「いい人生だった」と思いたい
そこに、
“私らしく”
という但し書きが付けば、
きっと最高の人生なのだと思う
それは、“がん治療”も同じだ
後悔はしたくない
治療は、
患者一人一人に与えられる選択がある
がんの状況、進行具合、生活環境...
それぞれの生き方に沿った選択ができるのも、
現代の医療だ
がんは、早期であれば完治も可能
が、残念ながら、がん治療は、
“完治させるため”というより、
“再発させないため”という意味合いが強い
再発しなければ、
結果的に“完治”となる
そのため、
“がん細胞を最初に叩いておく”のが鉄則だ
私の場合はホルモン療法だったが、
・4週間ごと×2年間の、
お腹に打つホルモン注射
・抗エストロゲン剤の5年間の服薬
その副作用のつらさに、限界ギリギリだった
ふたつの薬を同時進行していたため、
どちらの薬の副作用が強かったかわからない
が、おそらく、
卵巣の働きを直接止める注射の方が
相当なものだったと考えられる
「治療をやめる、やめない」と、
主治医と何度も話し合い、
それでも続けてきたのは、
「年齢から考えて、
治療を続けた方が長く生きる可能性が高い」
と、主治医に言われたこと
それは、即ち、
“再発のリスクを下げる”という意味で、
“再発をしてしまえば、
命が短くなる”ということを意味していた
そして私自身が、
“後悔をしたくなかった”から
途中で治療をやめるのは簡単かもしれない
が、これだけの副作用だ
治療をやめたところで、
体調が元に戻るまでには
何か月かかるかわからない
いや、1年かもしれないし、
2年かもしれない
もしかしたら、
ずっと戻らないかもしれない
しかもやめるのは注射だけ
服薬は続ける方向だった
どうせ戻らないかもしれない体調
それに、再発のリスクが高くなるのなら、
やっぱり後悔はしたくない
しかも、珍しいがん細胞だっただけに、
再発するのは本当に怖かった
やるだけやって再発をしたのなら仕方がない
が、治療を中断して、
万が一再発してしまったら、
きっと後悔してもしきれない
自ら楽な方を選び、
自ら命を縮めたわけだ
「そんな思いをするくらいなら、
数年の間の副作用は我慢しよう」
まぁ、
完全に、QOLは削がれていたのだが...
7年前に甲状腺がんで亡くなった母
母も悔いを残していた
いや、その“悔い”は、
もしかしたら私の方が強いのかもしれない
それは、“術後療法”である
当時の甲状腺がんは有効な抗がん剤がなく、
術後、“RI治療”という、
身体の中に放射能を照射(内照射)する治療を受ける
ひとにもよるが、最低2回
母と同じ病室に入院していた女性は、
「8回目」と言っていたそうだ
全身に放射能を浴びるため、
地下のコンクリートの一人部屋に
1週間隔離され、
吐き気や味覚障害、唾液が出なくなる、
脱毛などの副作用もあるつらい治療だ
が、母は珍しくたった1度の治療で終わった
治療後のCT検査で、
「身体の中にがん細胞は見当たりません」
と、医師のお墨付きをいただき、
「1回で終わるのは100人に1人程度」
という珍しいケースでもあったようだ
大喜びした母
周囲の人たちにもその喜びを伝え、
みんなで
「よかったね」
「よかったね」
と、言い合っていた
甲状腺を全摘したため、
甲状腺ホルモンを補うための薬は
一生飲み続けなければならない
私たち同様、
検査も定期的に受けなければならない
それでも、医師に、
「身体の中にがん細胞は見当たりません」
そう言われたら、
「治った」と思ってもおかしくない
それに、
「甲状腺がんで亡くなる人はほとんどいない」
と、聞いていたこともあり、
私も母のがんは、
「もうこれで終わった」と思っていた
が、5年後再発
肺転移だった
亡くなる直前には、
小脳への転移も認められた
私は、1度の内照射で終わったことに疑問を抱いた
あまりの憤りに、
「もし2度治療をしていたらどうだったんだろうね」
と、私は言ってはいけない言葉を母に投げかけた
すると母は、
「私も思ってたんだ」
と、悔いを残したような声で答えた
あとになって思えば、母のがん細胞は“転移性”
万が一のときのことを考えて、
2度、3度の治療はできなかったのだろうか...
もちろん、身体にかなり負担のかかる治療だ
治療の2週間前から、
ヨードブロックの食事制限もしなければならない
これは、調理師免許を持つ私の、
食事管理の出番でもあった
治療もこの街ではできないため、
他都市へ行かなければならず、
内照射後、1週間は面会もできない
...そんな治療だ
考えても仕方がない
すべては終わったこと
が、今でもあの時のことを考えるのだ
“後悔”とは、
そもそもちょっとした日常に
いくらでも落ちている
が、命を失う後悔だけはしたくない
それが“がん治療”であるのなら、
納得した答えを自分で出したい
それでもこうして後悔は残る
「やりたいことがまだまだある」
そう言っていた母
母はどれほどの悔しさを抱いて逝ったのか――
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Source: りかこの乳がん体験記
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