神の詩 第二章第三十九~四十節

その他
神の詩 第二章第三十九~四十節

mount-everest-4751677__340

「これまで、真我の理念を汝に示した。次に、これについての実践法をよく聞け。これ

を身につければ、汝はカルマ(行動)の束縛を克服するだろう。(三十九)」

「ここでは、努力が無駄になることも、逆効果になることも無い。この行法をわずかでも実践すれば、どんな恐怖からも救われる。(四十)」

理論を取得した後には、
必ず
実践を伴い学ばなければなりません。

この聖典を読むすべての人が
肝に銘じなければならないことです。

実践を伴わなければ、
読んで理解したことにはなりません。

マハトマ・ガンディーは、
自ら何らかの行動するたびに
この聖典を繰り返し読んだそうです。

読んで理解した上で
行動してからまた読むことを
繰り返していました。

心を込めて繰り返す時、
それは
同じ行為を反復しているのではなく、
毎回新しい経験をしていることになります。

それによって
文章の行間から
新しい智慧が発見されていくのが
聖典の特徴です。

日々の実践を伴わないで
理解できる聖典など
世界中に一つも存在しません。

たった一度だけの雨では、
良い作物は実らないのと同じです。

「汝はカルマ(行動)の束縛を克服するだろう。」

カルマとは、
サンスクリット語のクリ(Kri:行い)
という語に由来します。

この語は、
「行為」と「行為の結果」
という意味に用いられています。

さらに、
「過去の自然の摂理に反した行為が原因となって、因果律により生じた結果」
を意味するようになりました。

多くの人は、
カルマを障害だと思っています。

カルマがあるから
行動が大きく制限されていると感じています。

でも
カルマは、
自分自身で解消し、
その勢いで飛翔できるものです。

カルマの檻の中に入ったままでいるのも自由意志だし、
カルマの檻から出るのも自由意志。

カルマの制約という檻を作り出したのは、
自分自身です。

多くの人は
その檻の中を住みやすく、
安住の地に変えてしまっています。

自由意志で檻の外に出れば、
未知の体験が待っているからです。

自由意志の責任を放棄して、
未知の出来事への不安も恐怖もなく、
勇気も必要のない檻の中に
安住してしまっています。

でも、
いつかは
勇気を出して
カルマを解消していかなければなりません。

カルマを消すための実践方法であるカルマ・ヨーガは、
檻の中に留まりたいという意向とは
全く逆のもの。

今までの行為が
カルマを作り出すものだったのであれば、
これからは
カルマを解消する行為へと
方向転換すればよい
ということになります。

続きます。

今日もありがとうございます。
ブログランキング参加しています。
応援クリックお願いします。

人気ブログランキング


Source: ひかたま(光の魂たち)

コメント

タイトルとURLをコピーしました