ホルモンは人体内には微量で存在するものですが,それは生理作用が強力だからです. したがって,ホルモンの量が急増あるいは急減すると,時に致命的なことが起こります. これは インスリンを間違って過剰に注射した場合,低血糖で死に至る例を見れば明らかでしょう.
したがって,ホルモンは不足せずかつ増えすぎないように 二重三重の制御の仕組みが働いています.
そしてコルチゾールはこの記事に書いたように,糖/脂質/蛋白質の代謝を司る重要なホルモンなので,
このように二つの生成経路が用意されています.
- 一つは不活性型のコルチゾンから活性型のコルチゾールに変換する経路と,
- もう一つは視床下部→脳下垂体→副腎皮質の3段階指令で産生される経路です.
1.の経路には11β-HSD1酵素が不可欠なので11β-HSD1阻害薬を用いてこの経路を断てば,コルチゾンからコルチゾールは作られなくなります. すなわち この経路由来のコルチゾールは減少します.
しかし,2.のルートは影響を受けていません. このルートは セルフフィードバックがかかっており,コルチゾールが増えれば,視床下部からの『コルチゾールの生産をやめろ』という指令が出され,コルチゾールが減れば『コルチゾールの生産を増やせ』という指令が出されます.
そうです,11β-HSD1酵素阻害薬がいい仕事をしてコルチゾールを減らすと,むしろ 視床下部→脳下垂体→副腎という指令ルートは,それに逆行するように コルチゾールを増やそうとするのです.
これは,ペット用の給水機に似た話です. 給水皿の水面が下がると自動的に上から水が補給されて いつも一定の水面高を保ちます.
このように自然に釣り合っているコルチゾールのバランスを,11β-HSD1酵素阻害薬によって人為的にズラそうとしても有効性に限界があるのではないか,という懸念は 既に2010年に指摘されていました.
コルチゾールを減らそうとしても,それはその場で直ちに無効化されていくのではないかと.
人体の『コルチゾールの濃度を一定に保とうという仕組み』そのものは崩せないのですから.
そこでまったくの個人的意見ですが,Incyte社の11β-HSD1酵素阻害薬:INCB13739が足踏みしている理由を考えてみますと;
- 第2相の試験結果からみて,血糖値低下効果が期待したレベルには満たなかった.
- したがって,仮に第3相試験を実施して同程度の効果であった場合,実用化しても期待されたほどの売り上げにはならない.
- 長期投与した場合,効果が減弱していくと予想された.
- 2つの経路の一方を絞っても 他方が 代償的に亢進してしまい,効果が長続きしない.
- 第3相試験験で予想外の副作用が見出される懸念がある
(3)は どの薬にでもあることです.それでも何らかの見通しがあれば,得られるProfitと失敗するRiskとを天秤にかけて第3相試験を決断します. つまり(3)であれば,第2相試験完了後 10年以上も動きがないのは奇妙です.時間が解決する問題ではないからです.しかも その間にも特許の有効期間はどんどん短くなっていきます. とすれば (1)又は(2)の理由でINCB13739の開発は棚上げになったのではないでしょうか.
[続く]
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
コメント