皆様
毎年夏になりますと、かつての戦争にて命を落とした御霊たちの切なる声が自ずと聴こえてまいります。
戦後80年を経てもなお、けして癒(い)えることのない悲しみが、この国にも確かに続きます。
今回は、終戦間近の混乱のなかで、多くの人の生き死にを見届け、やがて自らも命を失った方の御言葉を書かせていただきます。
Rinokia
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「今となって思い返すに、人の命(=生き死に)とは、本当に“紙一重”であることの不思議を、年を経るごとに益々強く思います。
なぜあの人が命を落とし、なぜこの人が命を救われたのか、いずれも僅差(きんさ)にて、これら尊き命の行く末が分かれていくのが、戦争の惨(むご)たらしさでしょう。
あの日、命を落とした人が一体何をしたというのか?
手足が吹き飛び、全身焼けただれてのたうち回る人は、それほどに業(ごう)が深いのか?
戦争において不可避でもある“無差別”の殺戮(さつりく)は、幾多の人とその家族、そしてそれまでにあった日常を吹き飛ばしました。
木っ端微塵(こっぱみじん)に散った命とその者が以後(本来ならば)歩むべき人生は、そんなにも取るに足らないものでしょうか?
何によって命が救われ、一方で、こんなにも無暗(むやみ)に、沢山の手(=お蔭)によって生まれ出た命が、この世から消されなくてはならないのか?
“運命”などとはけして安易には言い得ない、残酷なまでの命の“岐路”が、かつて、わたくしを含めた多くの者たちの行く手を阻(はば)みました。
もはや抗(あらが)うことのできぬまま、無惨にもすべてを巻き込むのが、戦争という大きな渦(=戦禍)です。
この渦を過ぎ去った今、たとえ先行き困難な日々であろうとも、ほんの僅かでも何かしら自らの意思でより良き道へと進みゆくことができるのなら、あなたがたはけして諦めてはなりません。
荒野にたった一粒の種が蒔(ま)かれれば、やがてそれは天へと健やかに伸びゆき、果ては、大地一面に麗(うら)らかな花を咲かせることも叶うのです。
生き延びることへの渇望を胸に刻みつつ、無念にて肉体を離れしわたくしたちのそののちに、この国に生を受けたあなたがたは、まさしく“希望の種”なのです 。」
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Source: 神々からのメッセージ



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