一度限りの人生において、命を長らえるべく“命綱”は、日ごとあらゆる形で人々にもたらされる。
か弱きほどの細き綱(=ほんの些細な助け舟)であっても、そのただ一本に、命は救われるだろう。
いかなる手段であろうとも、われら(神々)は、この世に降ろした愛しき命を救いたい。
ゆえに、いかなる手段を用いようとも、命を長らえるため、そなたたちは自らも手を尽くさねばならぬ。
今を懸命に生きる者たちの切なる想いに応えるがため、命綱は絶えず地上へと降ろされる。
これらのうちの、いずれの命綱を得るかは、各々(の人)に託されるのだ。
そして、“命綱”は文字通り、命が救われる(命を長らえる)ための“頼みの綱”であると同時に、天と強固につながり、満を持して魂の高みを上がっていくための大いなる“導き”ともなる。
その導きを、より太く、より不動(=不惑)ものとするために、命綱を得る(側の)そなたたちは、はたしていかなる心持ち(心構え)にて日々を過ごさねばならぬだろうか?
神への絶対的な信頼と、そして、自らの命への絶対的な“肯定”ーーー
日ごとその身に降り注ぐ天よりの命綱は、まさに神との結びつきであり、そなたはこれをいかにして強固かつ、最大の心の拠りどころとできるか?
しかしながら今や人々は、灯火(ともしび)がまさに消えかかるかのごとく、神へもそぞろなる想いを抱き、そして己をも卑下する。
人類にもたらされる命綱は、立ち消える危機に瀕(ひん)していることを、けして忘れてはならない。
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Source: 神々からのメッセージ



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