私の乳がん体験は、“これくらいの経験”なのか――。

「これくらいの経験は、
 誰でもしているから」――

未だに忘れられない言葉である

もう12年になるだろうか

乳がん体験記を出版するため、
出版社、数社に
原稿を送ったことがある

もちろん、芸能人でもなければ
著名人でもない一般人の私が、
そう簡単に出版などできはずもない

返事が来ないのは当たり前

おそらく
原稿すら読んでもらっていないだろう

届いた原稿は、
そのままゴミ箱行きだったかもしれない

そんな中、
一社だけ返事をいただけたのだ

それは、私が子どもの頃から数十年間、
両親が定期購読していた地元の新聞社だった

「これくらいの経験は、
 誰でもしているから」――

それが、
そのときの断りの言葉だった

『これくらいの経験』――?

「ひとの命を
 なんだと思っているんだ...」

「ひとの人生を
 なんだと思っているんだ...」

そう思うと、怒りが込み上げてきた

命と向き合い、
死を隣に感じ、
おっぱいを切り、
腋窩リンパ節郭清で不自由を強いられ、
副作用と闘い、
私がどれほどの思いをしてきたか...

それがこの一言で、
すべて否定された気がした

もちろん、
売れないものを出版するわけにはいかない

が、断る理由がこの言葉なのだろうか

こんな言葉を投げかけられるのなら、
返事は要らなかった

こっちは下手な小説を書いてるわけじゃない

これは、
歴とした私の乳がん体験であり、
人生なのだ

そして考えた

『“これくらいではない経験”って、
 どんな経験なのだろう...』と――

たとえば、

  〇20歳でステージ4の乳がんがわかり、
   余命を告げられた

たとえば、

  〇20代、
   授乳中に乳がんがわかったご夫婦の
   闘病生活

たとえば、

  〇30代で乳がんになったシングルマザーの、
   治療を受けながら働き、
   子どもを育ててゆく話

世間の涙を誘うもの、
感動させる話――

そんな命懸けや、
一生懸命さが見えなければ、
世の中は動かせない

私一人の乳がんは、ほんの
『これくらいなもの』らしい

もし、この言葉を発した彼が
がんになったとする

そのとき彼はがん患者の思いを
少しは理解できるのだろうか――

  誰ががんになっても、
  『これくらい』なんてあるはずがない

  一人一人がつらい思いをし、
  一人一人に人生があるのだ

  私はその新聞社の新聞を、
  今でも定期購読している 

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Source: りかこの乳がん体験記

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