(祐気取り)山梨 甲斐善光寺② 王子稲荷社【天の声、地の叫びを聴く者よ】

その他

甲斐 善光寺の本堂脇には、大きな銅鐘(どうしょう)がございます。鎌倉期の梵鐘としては最大級だそうです。

お寺によってはこういった鐘は撞(つ)くことができるかもしれませんが、こちらでは拝見するのみです。定刻にはお寺の方が実際に撞いていらっしゃるようです。

さらにその鐘の脇には“陀枳尼眞天(=だきにてん)の幟(のぼり)が、「正位 王子稲荷社」の石造りの鳥居の前に、所狭しと立っております。

この神様は、仏教のお稲荷さんだそうで、こういった神仏習合の考えが、この神社でも深く根付いていたのは大きな発見でした。

今回は、“陀枳尼眞天”よりの御言葉をお伝えいたします。

Rinokia

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「今や天より地上(の人々)を見るに、誠に“騒々しい”と言わざるを得ない。

それは、各々が、我(が)の想念を基とし、自らの思いを悉く(事あるごとに)述べることの、実に収まり(=まとまり)の無き惨状に因(よ)る。

同じ国の、同じ時代に生まれ出で、命(=使命)ある魂として、一点の向かうべき矛先(※国民として皆が目指すこと)を据えるべきものを、今、世に見えるは(=実際に表されるは)、めいめいの利得にて離散し(散らばり)、果ては戦乱の世かと見紛(まが)うほどに(この世を)かき乱す、その浅はかさよ。

騒然たる世において、なお心静かに耳を傾け、天の声を聞き取る(※ここでは、神より授かるインスピレーションや、あるいは、自然の息吹を感じ取ることなど指します)、直(=素直)なる心根で、世はすでに慈愛に満たされすべてが協和し、互いに息づいていることを感じる者がどれほど在るだろうか?

ただ一人でも、この“域”(領域)に達するが良い。

天の声と、そして地の切なる叫びを、全身にて我が身(=自身)に容れる(受容する)ことができる者が、以後、僅かでも増えていくのならば、神々は動き、ついには(神は)次なる“扉”を授けるだろう。

そして、“賢き者”がこの扉を、ついには開くのだ。かつてない、響き(=共鳴)の時代の幕開けである。」

(甲斐善光寺③へ続きます。)

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Source: 神々からのメッセージ

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